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大企業の経理人材不足はなぜ起こる?原因と今すぐできる5つの対策

更新日:2025.12.04

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大企業の経理部門では、「採用してもすぐに辞めてしまう」「中堅層が育たず、決算が属人化している」といった人材不足の悩みが深刻化しています。インボイス制度や電子帳簿保存法への対応、グループ会社や海外拠点を含む複雑な決算業務が重なり、限られた人数に負荷が集中しがちです。

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本記事では、大企業ならではの経理人材不足の実態と原因を整理したうえで、「採用」「育成」「働き方の見直し」「業務自動化」「外部リソース活用」の5つの切り口から、今日から着手できる実践的な対策を解説します。

大企業の経理人材不足はどれくらい深刻な状況なのか?

大企業の経理人材不足は、一時的な欠員ではなく「常に人が足りない」「誰かが抜けると決算が揺らぐ」という構造的な課題になりつつあります。各種調査でも、経理・財務部門の人手不足を課題とする企業は多く、その中でも大企業では法改正対応やグループ決算・開示対応が重なり、少数のメンバーに負荷が集中しがちです。この章では、どの程度深刻なのか、現場でどのような症状として表れているのか、そして放置した場合にどのような影響が出るのかを整理します。

どのくらいの企業が「経理は人手不足」と感じているのか?

経理部門の人手不足は、特定の業界に限られた問題ではありません。調査結果を見ると、規模を問わず多くの企業が「経理・財務の人材が不足している」と回答しており、そのうち相当数が「深刻」「かなり深刻」と自己評価しています。

大企業の場合、決算・開示・監査対応など、経営に直結する業務を担うため、少人数で回していること自体が大きなリスクになりがちです。「なんとか回っているが、誰かが抜けると一気に崩れる」という声は、多くの経理責任者から聞かれます。

大企業の経理部門で表面化しやすい人手不足のサイン

人手不足は、人数そのものよりも「症状」として現れます。たとえば、月次・四半期・年次決算のたびに残業時間が急増する、特定の担当者に仕訳や開示資料作成が集中している、引き継ぎをしようとしても「マニュアルでは足りず、口頭説明が必要」といった状態が続いている場合は注意が必要です。

また、決算や開示のスケジュールがギリギリになり、軽微なトラブルで遅延しかねない状況も、人手不足と属人化が進行しているサインです。経理メンバーからの「このままでは持たない」「新しい業務に手が回らない」という声を、早めに拾うことが重要です。

人手不足が続くと、決算・開示・内部統制にどんな影響が出るか?

人手不足が慢性化すると、まず現場レベルでは「残業の常態化」と「新人が育たない」という問題が起きます。経験の浅いメンバーが実務に十分な時間を割けないまま、ベテランが目の前の処理に追われる状態が続くと、中長期的に見て組織力が低下します。

さらに、入力ミスの見落としや、チェックプロセスの省略により、誤った数値が決算や開示資料に反映されるリスクも高まります。内部統制上の不備や監査での指摘が増えると、改善のために追加対応が必要になり、結果としてさらに人手不足に拍車がかかる悪循環に陥りかねません。

なお、人材不足は大企業に限らず、中小企業の経理部門でも共通する課題です。規模の違いによる打ち手の違いを比較したい場合は、以下の記事も併せてご覧ください。

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大企業の経理部門で人材不足が起こる主な原因は何か?

大企業の経理人材不足は、「採用が難しい」「育成に時間を割けない」「業務が複雑で属人化しやすい」という構造的な要因が重なって生じています。労働人口の減少や専門人材の不足といった外部環境に加え、採用優先度の低さ、グループ会社・海外拠点を含む複雑な業務設計、紙やエクセルに依存した運用など、社内の仕組みの問題も無視できません。この章では、外部要因と社内要因の両面から原因を整理し、自社で手を打てるポイントを明確にします。

労働人口の減少と専門スキル人材の不足という外部要因

日本全体で生産年齢人口が減少しているなか、経理・財務の経験者は、他部門や他社からも引き合いが多い人材です。会計知識や税務の基礎に加えて、システムへの理解や英語力が求められるポジションも増えており、必然的に採用競争は激しくなっています。

大企業は知名度という強みがある一方で、「残業が多そう」「古いシステムの運用が大変そう」といったイメージから、若手人材に敬遠されるケースもあります。外部環境が厳しくなるなかで、従来と同じ採用方針のままでは、必要な人材を確保しにくい状況です。

採用優先度の低さ・求人倍率の上昇など採用市場の課題

経理は「安定していて離職が少ない」職種と見られがちで、他部門に比べて採用枠が限られることも珍しくありません。欠員が出てからあわてて募集をかける、若手の増員を検討しても他部門の採用が優先される、といったケースは多くの大企業で見られます。

一方で、経理経験者の求人倍率は高まり、少ない候補者を多くの企業が奪い合う構図になっています。「即戦力の経験者」を前提とした採用戦略のままでは、条件面で魅力的な企業やベンチャーとの競争に勝ち切れず、採用難が長期化してしまいます。

グループ会社・海外拠点・法改正対応による業務の複雑化

大企業の経理では、グループ会社の連結決算や海外拠点の管理、IFRS対応など、業務の難易度そのものが高いケースが多く見られます。さらに、インボイス制度や電子帳簿保存法への対応など、法令や実務ルールの変更が続いており、現場に新たな負荷を生んでいます。

その結果、既存メンバーは「新しい制度への対応」と「既存実務の維持」の両方を担うことになり、常に時間に追われます。新しい仕組みを設計する余力がなく、場当たり的な対応が続くと、かえって業務が複雑化し、人材不足が一層深刻になります。

属人化・紙文化・エクセル管理が人材不足を加速させる構造

大企業では、長年の運用の積み重ねから、「特定の担当者しか分からない業務」が生まれやすくなります。紙ベースでの申請・承認や、独自フォーマットのエクセルファイルが乱立している場合、引き継ぎや標準化が難しく、担当者が不在になると業務が止まりかねません。

属人化が進むと、その業務を引き継ぐハードルが高くなり、異動やローテーションも進めにくくなります。また、新人や中途入社のメンバーにとってもキャッチアップに時間がかかり、「経理は大変」という印象を与えてしまいます。結果として、人材の定着率が下がり、人手不足がさらに進む悪循環が生まれます。

経理人材不足を放置すると経営にどのようなリスクが生じるのか?

経理人材不足を放置すると、現場の残業増加や離職だけでなく、決算の遅延や内部統制の不備など、経営の信頼性そのものに関わるリスクへとつながります。チェックに割ける時間が減ればミスや不正の温床になり、月次・四半期決算の遅れは経営判断のスピード低下や機会損失を招きかねません。この章では、人材不足がもたらすリスクを「現場」「決算・開示」「ガバナンス」の3つの視点から整理し、経営層に説明する際の論点も確認します。

残業常態化と離職リスク──現場の疲弊が招く悪循環

人手不足が続くと、繁忙期だけでなく平常時にも残業が増え、メンバーの疲労が蓄積します。「繁忙期の残業は仕方ない」という前提で運用していると、気づかないうちに月間の総労働時間が高止まりし、心身の不調や離職リスクが高まります。

離職が発生すると、残ったメンバーにさらに負荷がかかり、「辞める → 残業増 → さらに辞める」という悪循環に陥ります。特に、大企業の経理は業務の引き継ぎに時間がかかるため、短期間でのリカバリーが難しく、組織全体のパフォーマンス低下につながります。

人手不足を放置した場合の影響を、感覚ではなく「コスト」として把握しておくことも重要です。以下は、残業や採用・育成、離職によるコストを簡易的に試算するためのイメージです。

表1:人手不足によるコスト簡易試算

項目計算式の例補足メモ
残業コスト月間残業時間 × 対象人数 × 時間単価決算期と平常時で分けて試算すると、負荷の偏りが見えやすくなります。
採用コスト採用関連費用合計 ÷ 採用人数求人広告費、紹介手数料、採用担当者の工数などを含めて考えます。
育成コスト教育にかけた時間 × 関与人数の時間単価教育担当者と受講者の時間の両方を見積もると、負荷の実態を把握できます。
離職コストのイメージ採用コスト + 育成コスト + 生産性低下分定量化が難しい部分もありますが、概算でも把握しておくと経営層に説明しやすくなります。

ミス・不正・統制不備による監査・レピュテーションリスク

チェックに割ける時間が減ると、仕訳の誤りや残高の不一致に気づくのが遅れます。小さなミスであっても、決算や開示資料に影響するものが増えると、監査法人からの指摘が増え、追加の対応にさらに時間と工数を取られることになります。

また、チェックや承認プロセスが形骸化すると、不正が発生しやすい環境になります。意図的な不正が起きていなかったとしても、統制上の不備として指摘されると、社外からの信頼低下は避けられません。経理人材不足は、ガバナンスやコンプライアンスの観点からも、早めに対策すべき課題です。

月次決算の遅れが、経営判断と投資のスピードに与える影響

経理部門の最も重要な役割の一つは、タイムリーで正確な数字を経営に提供することです。人手不足により月次決算が遅れると、経営会議に提供できる数字が古くなり、意思決定のスピードにも影響します。

とりわけ、大規模な投資やコスト削減策の検討において、最新の数字がない状態で議論せざるを得ない状況は避けたいところです。経理人材不足は、「今はなんとか回っている」ように見えても、将来的な機会損失という形で、大きな影響を生む可能性があります。

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採用戦略を見直して経理人材をどう確保すべきか?

経理人材を安定して確保するには、「即戦力経験者だけを狙う採用」から脱却し、ポテンシャル人材も含めた柔軟な採用戦略に切り替えることが重要です。資格や経験だけに頼らず、学習意欲やスキルの伸びしろを評価しつつ、大企業ならではの仕事内容やキャリアの魅力を丁寧に伝える必要があります。この章では、採用要件の見直し、中堅層を厚くするためのチャネル活用、リモート勤務やフレックスなど働き方の工夫といった、採用面で取れる打ち手を整理します。

資格や経験だけに頼らない「ポテンシャル採用」の考え方

これまでの経理採用は、会計・税務の資格や、同業他社での経験を重視するケースが多く見られました。しかし、そうした条件に合致する人材は限られており、採用競争が激化しています。

そこで、会計や数字に対する素地はありつつも、実務経験が浅い人材や、他部門からのキャリアチェンジ希望者を「ポテンシャル枠」として採用する考え方が重要になります。具体的には、簡単な仕訳テストやエクセルスキルの確認に加え、「新しい制度やシステムを学び続けられるか」といった姿勢を評価項目に含めるとよいでしょう。

中堅スタッフ層をどう厚くするか──採用チャネルと訴求ポイント

大企業の経理人材不足では、特に「3〜7年目の中堅層」が薄くなっているケースが目立ちます。中堅層は、現場の実務とマネジメントの橋渡しを担う重要な層であり、この階層が弱いと、組織全体の安定感が損なわれます。

中堅層を強化するには、転職サイト・エージェント・紹介など複数のチャネルを組み合わせるとともに、「将来的に経営に近い仕事ができる」「グループ全体の数字に関わることができる」といった、大企業ならではの魅力を言語化することが有効です。給与や条件だけでなく、キャリアの展望を具体的に示すことで、候補者から選ばれやすい経理部門になります。

リモート勤務・フレックス・評価制度など、働き方の見直し

採用市場では、働き方の柔軟性も重要な選択基準になっています。決算期以外は一部リモート勤務を認める、フレックスタイム制を導入する、時間だけでなく成果や改善提案も評価するなど、柔軟な制度を取り入れることで、候補者の母数を広げることができます。

また、経理は「残業が多い」「地味な作業が多い」といったイメージを持たれがちです。採用ページや面談では、「自動化や改善に積極的に取り組んでいる」「経営との距離が近い」といったポジティブな側面を伝えることで、職種イメージのギャップを埋めることができます。

育成とキャリア設計で、「辞めない経理組織」をどうつくるか?

「採用して終わり」ではなく、「入社後にどう育ち、どのようなキャリアを描けるか」を具体的に示せるかどうかが、経理人材の定着を左右します。短期的には、3か月・1年といった区切りで身につけるスキルや担当業務を定めた育成プランが必要であり、中長期的には、中堅層・管理職候補に対するキャリアパスの見える化が欠かせません。この章では、OJTが属人化しない仕組みづくりと、複数パターンのキャリアルート設計のポイントを解説します。

3か月・1年単位での段階別育成プランの設計

採用した人材が定着しない背景には、「入社後に何をどの順番で身につければよいかが分からない」という不安があります。その不安を解消するためには、入社から3か月・1年といった区切りごとに、習得しておいてほしい業務や知識を明文化した育成プランを用意することが有効です。

たとえば、最初の3か月は伝票処理や経費精算など定型業務を中心に経験してもらい、半年以降は決算の一部プロセスや分析業務に広げていく、といった道筋を共有します。これにより、本人も上司も成長度合いを確認しやすくなり、OJTが属人化するのを防げます。

OJTを属人化させないためのスキルチェックリストとマニュアル

育成を現場任せにすると、どうしても担当者によって教え方や内容にばらつきが出ます。OJTを仕組み化するためには、業務ごとのスキルチェックリストと、最低限のマニュアルをセットで整備しておくことが効果的です。

チェックリストには、「入力作業を一人で完結できる」「仕訳の妥当性を自分で確認できる」「簡単な問い合わせに自分で対応できる」といった項目を記載し、上司と定期的に振り返りを行います。これにより、本人の成長実感が高まり、上司も教育の抜け漏れに気づきやすくなります。

中堅層・管理職候補に示したいキャリアパスと役割期待

中堅層や管理職候補にとっては、「この会社で経理としてキャリアを積むと、どのような役割を任されるのか」が重要な関心事です。単に役職の階段を示すだけでなく、「グループ会社全体の決算を統括する」「経営会議で数字を説明する」など、具体的な役割イメージを共有することが大切です。

また、キャリアパスは1本だけでなく、「専門性を極めるルート」と「マネジメント寄りのルート」など複数パターンを用意しておくと、さまざまな志向性を持つメンバーのモチベーション向上につながります。

業務自動化とAI活用で人手不足をどこまで補えるのか?

経理の定型業務は、自動化や経理AIエージェントとの相性が良く、人手不足を補う有力な手段になり得ます。伝票処理や請求書・経費精算など、ルール化しやすく件数の多い業務をITに任せ、担当者は例外対応や判断・改善に集中する体制をつくることが理想です。この章では、自動化しやすい業務の見極め方、RPA・会計システム・経理AIエージェントの役割の違い、そしてスモールスタートで導入効果を検証する際のKPI設定の考え方を整理します。

自動化しやすい経理業務はどこか?(伝票処理・請求書・経費精算など)

経理の業務のなかでも、入力や照合が中心となる定型処理は、自動化との相性が良い領域です。具体的には、請求書の内容を会計システムに登録する作業、経費精算のチェックと仕訳起票、振込データの作成などが挙げられます。

これらの業務は、ルールを明確に定義できれば、システムやRPA、経理AIエージェントに任せることが可能です。人は、例外処理やルール変更時のメンテナンスに集中し、全体の品質とスピードを担保する役割にシフトしていきます。

RPA・会計システム・経理AIエージェントの役割の違い

自動化の手段としては、既存の会計システムに加え、RPAや経理AIエージェントなど複数の選択肢があります。会計システムは、仕訳や帳票出力などの基盤機能を担い、RPAは画面操作やデータ転記など、定型的な操作を自動化するのが得意です。

一方、経理AIエージェントは、複数システムにまたがる情報を扱い、文章や画像を含むデータから内容を読み取って仕訳案を作成したり、担当者の指示に応じて一連の処理を実行したりできる点が特徴です。どれか一つに絞るのではなく、既存システムとの組み合わせを前提に、役割分担を整理することが重要です。

自社に合った自動化の姿をイメージしやすくするために、人とシステムの役割分担のパターンを整理すると分かりやすくなります。以下は、人材配置と自動化レベルの組み合わせ例です。

表2:自動化と人材配置のモデル比較

モデル特徴向いている組織向いている業務注意点
人+既存システム中心会計システムを前提に、人が入力・チェックを担う構成です。業務量が比較的少なく、自動化投資の優先度が高くない組織件数が少ない伝票処理、スポット的な決算調整など人に依存しがちで、属人化や残業増につながりやすいため、定期的な見直しが必要です。
人+RPA・OCR併用画面操作やデータ転記をRPAに任せ、人は例外処理や判断に集中します。伝票や請求書の件数が多く、ルール化しやすい業務が多い組織請求書のデータ入力、定型的な経費精算のチェック、残高確認などルール変更時のメンテナンスが必要なため、担当者の育成と運用ルールの整備が重要です。
人+経理AIエージェント+外部リソース経理AIエージェントが複数業務を横断して処理し、人と外部リソースで全体を管理します。グループ会社や海外拠点を含む大規模組織経費精算・請求書処理・支払業務など、件数が多く標準化しやすい業務運用開始前にルールと役割分担を明確にし、KPIを設定して効果検証を行うことが大切です。

スモールスタートで進めるときの対象業務の選び方とKPI

自動化を進める際は、いきなりすべての業務を対象にするのではなく、「件数が多く、ルールが明確な業務」から着手するのが現実的です。たとえば、経費精算の入力・チェックや、特定の取引先からの請求書処理など、範囲を絞ることで検証しやすくなります。

また、自動化の効果を測るためには「人がどれだけ楽になったか」を定量的に把握する必要があります。導入前後で、処理件数あたりの工数、差し戻し件数、締め日から支払日までのリードタイムなどを比較し、一定の基準を満たしたら対象範囲を広げる、といった進め方が有効です。

経理AIの導入は、人手不足の根本的な解消や残業削減にも直結します。より具体的な活用イメージや事例を知りたい方は、以下の記事で削減時間の目安やスモールスタートの進め方を確認してみてください。

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外部リソースを活用する場合、どこまでを任せるべきか?

限られた社内人員だけで経理業務を抱え込むのではなく、BPOや派遣、税理士・会計事務所など外部リソースを組み合わせることも、大企業の人材不足対策として有効です。ただし、安易に丸投げしてしまうと、社内にノウハウが蓄積されず、統制や品質の面でリスクを抱えることになりかねません。この章では、「定型処理は外部や集中拠点へ、判断・管理は社内へ」という基本方針のもと、業務別の人材ポートフォリオと、情報セキュリティ・品質管理の押さえどころを紹介します。

どの業務を外部委託し、どの業務を社内に残すべきか?

外部委託の検討では、「業務の性質」と「リスクの大きさ」の2軸で考えると整理しやすくなります。たとえば、請求書のスキャンやデータ入力などの繰り返し業務は、外部のBPOや集中拠点に任せやすい領域です。一方で、会計方針の判断や経営への説明などは、社内で担うべきコア業務といえます。

このように、「誰がどの業務を担うか」を可視化し、人材ポートフォリオとして整理しておくことで、欠員が出た場合や業務量が変動した場合にも、柔軟な見直しがしやすくなります。

以下は、経理業務ごとに「社内の正社員」「集中拠点・BPO」「派遣・契約社員」「デジタル(経理AIエージェント等)」の役割を整理した一例です。自社の状況に合わせて、担当の割り振りを検討する際のたたき台としてご活用ください。

表3:業務別・人材ポートフォリオの例

業務社内正社員集中拠点・BPO派遣・契約社員デジタル(経理AIエージェント等)
請求書の受付・スキャン運用設計・ルール決定が中心主担当繁忙期のサポート画像読み取りやデータ化を補完
請求書データ入力・照合例外対応と最終チェック一部または全面委託件数が多い期間の増員要員定型部分の入力・照合を主担当
経費精算のチェック規程策定とグレーゾーン判断定型的なチェックを委託一次チェックのサポート規程に基づく自動チェックを実施
月次・四半期・年次決算主担当(方針判断・全体統括)一部の仕訳起票や資料作成を補完資料作成やデータ集計の補助補助資料の作成や残高確認を支援
経営向けレポート・分析主担当(内容の企画・説明)標準レポートの作成を補助データ整理や図表作成を補助データ抽出や集計を自動化

BPO・派遣・顧問税理士など、外部リソースの使い分け

外部リソースと一口にいっても、BPO、派遣社員、顧問税理士・会計事務所など、形態はさまざまです。BPOは、一定範囲の処理をまとめて任せたい場合に有効であり、派遣社員は繁忙期の一時的な増員や、決まった期間に限定した支援に向いています。

顧問税理士・会計事務所は、税務申告や会計処理の方針に関する専門的な助言を得るために活用するのが一般的です。それぞれの特性を理解し、「どの役割をどこに頼むのか」を明確にすることで、社内と外部の連携がスムーズになります。

情報セキュリティと品質管理で押さえておきたいチェックポイント

外部リソースを活用する際には、コストやスピードだけでなく、情報セキュリティと品質管理の観点も欠かせません。具体的には、機密情報の取り扱いルール、アクセス権限の設定、ログの管理方法などをあらかじめ契約や運用ルールに盛り込んでおくことが必要です。

また、委託先の業務品質を確認するために、定期的なレビューやサンプルチェックを行う体制を整えておくと安心です。「任せっぱなし」にならないよう、社内側に窓口やモニタリングの担当を置き、リスクをコントロールすることが重要です。

大企業の経理人材不足を解消するために、今日から何を始めるべきか?

経理人材不足は、一度にすべてを解決しようとするよりも、「現状を見える化し、90日で取り組むテーマを絞る」ことから始めるのが現実的です。人員構成・業務量・スキルの棚卸しを行い、採用・育成・自動化・外部リソース活用の中から優先度の高い一手を選び、短期アクションと中期の方向性を経営と合意して進めることが重要です。この章では、90日アクションプランの具体例と、経営会議・取締役会で説明する際の資料づくりのポイントを解説します。

現状を見える化するための「人員・業務量・スキル」簡易チェック

最初の一歩は、「どこでどれくらい人手が足りていないのか」を見える化することです。人員構成(経験年数・役職・担当業務)、業務量(件数や締め切り)、スキルレベル(担当者ごとの強み・弱み)を簡単な表にまとめるだけでも、課題の輪郭が見えてきます。

このとき、「誰がどの業務を一人で完結できるか」「どの業務が特定の人に依存しているか」といった観点で整理すると、属人化の度合いや、ローテーションが必要な領域が明らかになります。現状把握の結果は、後の採用・育成・自動化・外部委託の方針を決めるうえでの土台になります。

90日で取り組む「採用・育成・自動化」3つの優先アクション

すべての課題に一度に手を付けようとすると、かえって何も進まない恐れがあります。そこで、まずは90日程度の期間を設定し、「この3か月でここまで進める」という短期の目標を決めることをおすすめします。

具体的には、①採用計画の見直しと求人票のアップデート、②育成プランとスキルチェックリストのたたき台作成、③自動化候補業務の選定とスモールスタートの準備の3つを優先アクションとするケースが多く見られます。

短期的な行動計画を整理する際には、期間ごとに目的と取り組み内容、確認したい指標をまとめておくと、チームで共有しやすくなります。以下は、90日間のアクションプランの一例です。

表4:90日アクションプランの例

期間目的主な取り組み確認したい指標
0〜30日現状の見える化人員構成・業務量・残業時間・属人化の状況を簡易調査し、課題を整理する。現状把握シートの完成、有識者からの合意(「現状の見立て」が一致しているか)
31〜60日優先テーマの決定と設計採用計画の見直し、育成プランとチェックリストの作成、自動化候補業務の選定を行う。採用・育成・自動化それぞれで「最初の一手」が決まり、経営層と方向性の合意が取れているか
61〜90日スモールスタートの実行と検証選定した業務で自動化や外部委託を試行し、効果と課題を振り返る。処理時間や残業時間、差し戻し件数の変化、メンバーからのフィードバック内容

とくにAI活用を組み込む場合は、「どの業務から小さく試すか」「誤答リスクや内部統制にどう備えるか」といった実装面の検討も欠かせません。具体的なステップや運用ルールの考え方は、以下の記事で詳しく解説していますので、併せて参考にしてみてください。

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経営会議・取締役会に説明する際の論点と資料づくりのポイント

経理人材不足への対応には、人件費やシステム投資、外部委託費用など、一定のコストが伴います。そのため、経営会議や取締役会で「なぜ今、どのような施策に投資する必要があるのか」を説明し、合意を得ることが重要です。

説明のポイントとしては、①現状の課題とリスク(人員構成、残業時間、属人化の状況)、②何もしなかった場合のコスト(人件費や機会損失の簡易試算)、③90日と中期(1〜3年)の取り組みイメージの3点を押さえると伝わりやすくなります。数字と具体的なアクションを組み合わせて示すことで、経営層からの理解と協力を得やすくなります。

大企業の経理人材不足に関するよくある質問

大企業の経理人材不足は、採用難だけでなく、育成や自動化、外部リソースの使い方など、複数の要素が絡み合う複雑なテーマです。本文では全体像と対策の方向性を整理しましたが、「結局どこから手を付けるべきか」「AIや外部委託にどこまで任せてよいのか」など、現場でよく挙がる疑問も残るかもしれません。ここでは、経理部長・経理マネージャーから相談されることが多いポイントをQ&A形式で補足します。

Q1. 採用・育成・自動化・外部リソースのうち、どこから手を付けるべきでしょうか?

A. 多くの企業では、まず「現状の見える化」と「業務設計の見直し」から入るケースが成果につながりやすいです。具体的には、業務ごとの工数と担当者、属人化の度合いを整理し、「人でやるべき業務」と「自動化・外部委託できる業務」を切り分けることが第一歩になります。

そのうえで、短期(90日程度)で取り組めるテーマとして、①自動化しやすい定型業務のスモールスタート、②中堅層を意識した育成プランのたたき台作成、③採用要件の見直しと求人票の更新の3点を優先するのがおすすめです。採用は成果が出るまで時間がかかるため、「今いるメンバーが楽になる打ち手」と並行して進めると、現場の納得感も得やすくなります。

Q2. AIや外部リソースに任せると、社内にノウハウが残らなくなりませんか?

A. 「何でも外部やAIに任せればよい」という発想はおすすめできませんが、役割分担を明確にすれば、むしろ社内に残すべきノウハウがはっきりします。たとえば、請求書のデータ入力や経費精算の定型チェックといった繰り返し業務は、経理AIエージェントやBPOに任せ、社内の正社員は会計方針の判断やグレーゾーンの解釈、経営への説明といった「判断とコミュニケーション」を担う、といった切り分け方です。

重要なのは、ツールや外部委託を「ブラックボックス」にしないことです。業務フローとルールは社内で設計し、KPIやエラー発生状況を定期的にモニタリングすることで、ノウハウを蓄積しながら効率化を進められます。

Q3. 経理人材不足への対策は、どのくらいの期間とコストを見込んでおくべきでしょうか?

A. 対策の内容によって前後しますが、短期と中期に分けて考えると整理しやすくなります。短期(おおよそ3〜6か月)では、自動化しやすい業務のスモールスタートや業務フローの見直しが中心となり、既存システムや外部サービスを活用すれば、比較的少ない追加コストで着手できるケースも多く見られます。

一方、採用や育成による組織づくりは、中期(1〜3年)で見ておく必要があります。採用費や教育コストがかかる一方で、残業削減やミス削減による人件費・機会損失の低減効果も期待できますので、「何にいくら投資し、どのような効果をめざすのか」を簡単な試算表で整理し、経営層と認識を合わせておくことが重要です。

経理AIエージェント

まとめ

大企業の経理人材不足は、単なる採用難にとどまらず、法改正対応やグループ全体の決算・開示、内部統制など、企業経営の根幹に影響する課題になりつつあります。労働人口の減少や専門スキル人材の不足に加え、業務の属人化や教育体制の弱さが重なると、残業の常態化や決算遅延、ガバナンス低下といったリスクが高まります。

その一方で、大企業には人材育成やIT投資、外部リソース活用など、取れる打ち手も多くあります。採用基準の柔軟化や段階的な育成プログラムの整備、RPAや経理AIエージェントなどによる定型業務の自動化、BPOや派遣との適切な分業を組み合わせることで、限られた人員でも持続的に回る経理体制は十分に実現可能です。本記事の内容を参考に、自社の現状を見直し、経営と現場の双方が納得できる人材戦略を検討してみてください。

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