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2024年11月1日に施行されたフリーランス新法(正式名:特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律)は、建設分野で個人事業主や役員1名のみの小規模法人へ業務を委託する取引にも適用されます。取引条件の書面(電子)明示、給付受領日から原則60日以内の報酬支払い、業務委託に起因するハラスメント防止体制の整備が義務です。違反時には勧告・公表等のリスクがあります。
→ダウンロード:請求書支払業務を取り巻く内部統制の課題と4つの解決策
本稿では、建設現場でつまずきやすい論点を、雛形・チェックリスト・運用KPIとともに実務目線で整理します。
フリーランス新法の基本:建設業にどう効くか
フリーランス新法(正式名:特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律)は、個人で業務を受託する方や、役員1名のみで従業員のいない小規模法人と取引するすべての事業者が守るべきルールを定めています。建設分野でも、取引条件の明示、期日内の支払い、禁止行為の回避、相談体制の整備が求められます。まずは適用範囲と基本義務を正しく押さえ、社内で運用できる形に落とし込むことが重要です。
本法は2024年11月1日に施行され、「取引の適正化」は公正取引委員会と中小企業庁、「就業環境の整備(ハラスメント防止等)」は厚生労働省が中心に運用します。
参考:フリーランスとして業務を行う方・フリーランスの方に業務を委託する事業者の方等へ |厚生労働省
法の目的と対象
この法律は、個人で受託して働く人が安心して取引できるように、発注側が守るべき約束ごとを明確にするものです。対象となる“フリーランス”は、従業員を雇っていない個人事業主に加え、代表者1名のみで従業員や他の役員がいない法人(ひとり社長)も含まれます。
売買契約のように品物の売り買いだけをしている場合は対象外ですが、発注側が仕様や金額を指定して仕事を委ねる“業務委託”であれば業種を問わず原則対象です。実態として雇用に近いケースは労働関係法令の適用となるため、この法律とは切り分けて考えます。
施行日と監督官庁
本法は2024年11月1日に施行され、取引条件の明示や支払期日など「取引の適正化」に関する部分は公正取引委員会と中小企業庁が、ハラスメント防止など「就業環境の整備」に関する部分は厚生労働省が中心となって運用・執行します。建設会社の実務では、書面明示や支払いの運用は公正取引委員会の資料を、相談体制や教育は厚生労働省の案内を参照するのが分かりやすい進め方です。
参考:フリーランスの取引適正化に向けた公正取引委員会の取組 | 公正取引委員会
建設分野における特定受託事業者の典型例
建設の現場では、請負で専門作業を受託する建設分野の個人事業主や、役員1名のみで従業員のいない小規模法人が日常的に活躍しています。法人か個人かにかかわらず、実態として「仕様・金額・納期などを発注側が定め、役務や成果物を委託している」関係であれば、本法の対象となる可能性が高まります。
反対に、単なる物品の売買のように、役務の委託に該当しない取引は本法の射程外です。現場で迷う場合は、契約書の形式ではなく、委託の実態(仕様の指示、検収の有無、支払の決め方など)で判断すると整理しやすくなります。
参考:ここからはじめるフリーランス・事業者間取引適正化等法|公正取引委員会
建設業のフリーランスに必須の「書面明示」と支払い期限
最優先は「最初に何を渡すか」「いつ払うか」です。委託内容・報酬・期日等の取引条件は書面等で明示が必要で、報酬は給付受領日から原則60日以内の支払いが求められます。口頭合意やメール断片では要件を満たしにくく、のちの紛争リスクになります。雛形と確認リストで“運用できる”形に整えます。
書面(電子含む)で必ず明示する項目をチェック
最初のトラブルを避けるには、取引条件を紙または電子で一体として明示することが出発点です。契約書という名称に限定されず、発注書や合意済みのメール本文でも構いません。当事者名・連絡先、委託内容、場所、期間(開始・完了)、検収方法と基準、報酬額と計算方法、支払期日と支払方法、振込手数料の負担者は、ひとまとまりの情報として示します。
電子で明示した後に相手方から紙での交付を求められた場合は速やかに紙で交付する取り扱いも、あらかじめ周知しておくと運用が途切れません。
書面明示チェックリスト
項目 | 記載内容の要点(実務の観点) | 確認 |
---|---|---|
当事者情報 | 発注者(法人名・所在地・担当部署)と受託者(氏名/屋号・住所・連絡先)を明確に記載。 | □ |
業務範囲・場所 | 作業内容の具体化(例:型枠施工一式)、現場住所、立入条件、必要資格・入場教育の有無。 | □ |
期間・工程 | 開始日・完了日、日程の変更条件、悪天候時の取扱い、夜間・早朝作業の要否。 | □ |
成果物・検収基準 | 出来形・品質基準、確認方法(立会い/写真/検査票)、合否基準と再実施の手順。 | □ |
報酬額・計算方法 | 出来高/請負の別、単価表、交通費・材料費の負担区分、税区分(消費税)。 | □ |
支払期日・方法 | 給付受領日から原則60日以内での支払期日、振込先、手数料負担者、締日/支払日。 | □ |
変更指示・追加対応 | 指示変更時の合意手続き(書面/メール)、追加費用・期日の再設定ルール。 | □ |
中止・解除 | 中止事由、通知方法、出来高精算の算定、材料・機材の返還と費用負担。 | □ |
安全・保険 | 安全衛生ルールの遵守、労災特別加入や損害保険の付保、事故時の連絡経路。 | □ |
ハラスメント対応 | 相談窓口、一次受付から上位者への引き渡し手順、再発防止の周知方法。 | □ |
知的財産・成果物の権利 | 図面・写真・データの権利帰属、利用許諾範囲、第三者権利侵害時の対応。 | □ |
秘密保持 | 現場情報・単価・図面等の取扱い、期間、例外(法令開示等)。 | □ |
再委託(下請) | 可否、条件(事前承諾・責任の所在・安全衛生の継続遵守)。 | □ |
電子契約・記録保存 | 電子交付の同意、改ざん防止、保存年限、検索性(件名・日付・相手先)を確保。 | □ |
紛争解決 | 協議窓口、行政の相談先、裁判管轄/ADRの有無。 | □ |
連絡方法 | 正式な連絡手段(メール/ポータル)、返答期限、記録化のルール。 | □ |
未定事項の扱い(当初明示と補充明示)
条件の一部が未定の場合は、その理由と決定予定時期を含めて当初明示します。のちに確定した内容は、元の明示と関連が分かる形で補充明示し、記録を同じ案件IDに紐づけて保存します。こうしておくと、変更点の説明が容易になり、後日の齟齬や紛争リスクを抑えられます。
60日以内支払いの起算点と例外
報酬の支払期日は、給付受領日からできる限り短い期間で、遅くとも60日以内に特定します。起算日は、役務なら役務の提供を受けた日、情報成果物ならデータ等を受領した日、物品の製作等を伴う場合は成果物を受領した日が基本です。月末締めを採用していても、各案件の受領日ベースで60日以内に収まる期日を設計する必要があります。なお、再委託(多段の委託)が関係する場合は、元委託者の支払期日から30日以内という特例設定が可能です(元委託の期日を相手に明示したうえで運用します)。
支払い遅延・減額の禁止と是正フロー
検収が済んでいるのに正当な理由なく支払いを遅らせることや、合意のない報酬の減額、理由のない返品・やり直しの要求は禁じられます。問題が起きたときは、発注書・変更合意・検収記録・やり取りのメールをそろえて事実関係を整理し、担当で解決できない場合は上位者への引き渡しを行います。変更が発生したときに追加合意を速やかに残す運用にしておくと、是正や再実施の判断が円滑になり、支払の遅延も防ぎやすくなります。
建設業で起こりやすいフリーランス法の禁止行為
相場とかけ離れた一方的な低額設定、成果物の受領拒否、理由なき返品・やり直し強要、取引報復などは代表的な禁止行為です。現場で起きやすい“追加指示の無償対応”や“材料費の一方的負担”など、建設特有の論点も具体例で確認し、社内周知と記録の取り方までセットで対策します。
不当な報酬減額・受領拒否・取引報復の線引き
追加費用が発生していないのに一方的に報酬を減らす、成果物を正当な理由なく受け取らない、問題提起をしたフリーランスに対して発注量を減らすなどの“報復”をする、といった行為は、いずれも禁止されています。建設では、仕様の追加や工程変更が起きやすいため、変更前後の内容と金額を記録して合意を取り直すことが境界線を明確にするうえで不可欠です。
指示変更・やり直し時の追加合意ルール
図面や仕様が変わったときは、変更点、費用、完了期日を改めて伝え、元の条件にひも付く形で追加の合意を残します。検収で不合格が出た場合も、無償やり直しが当然ではありません。原因が受託者側にあるのか、当初の指示が不十分だったのかを切り分け、負担とスケジュールを再設定します。書面やメール本文だけでなく、関連する図面や写真、工程表へのリンクも一緒に示すと、後日の確認が確実になります。
記録の残し方:メール・注文書・検収の紐付け
発注から検収、支払いまでを共通の番号でつなげると、トラブル時の説明が早くなります。注文書番号や案件IDをメール件名やファイル名に含め、検収の合否や支払期日も同じ番号で管理します。SNSのメッセージで条件を伝える場合は、削除や閲覧不可に備えて内容の保存方法を決め、必要に応じてPDFやURLで条件を明示するようにしておくと安全です。
建設業で働くフリーランスのハラスメント問題と就業環境
フリーランス法は、業務委託に起因するハラスメント防止の体制整備も義務づけています。建設現場は多職種・多重下請けが交わる環境のため、“誰が窓口か”“いつまでにどう動くか”を明確にした一次受付と再発防止の仕組みが重要です。相談経路や教育の手引きを“スモールスタート”で整え、運用に乗せます。
参考:特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律(フリーランス・事業者間取引適正化等法)Q&A|内閣官房
相談窓口・一次受付の設計(匿名受付の扱い)
現場で困りごとが起きたときに迷わないよう、相談窓口は“どこに連絡すればよいか”“誰が最初に受け付けるか”を明確にします。匿名の相談も受け付けるか、受付後に事実確認へ進むための条件をどう置くかを、あらかじめ文章で示します。受付担当は記録の取り方を統一し、相談者の不利益にならない案内を心がけることが求められます。
一次受付で判断が難しい場合は、社内の責任者へ速やかに引き渡し、対応方針の決定と再発防止策の実施までを追跡します。社内対応で解決できないときは、取引条件・支払に関する相談は公正取引委員会/中小企業庁、就業環境に関する相談は厚生労働省(労働局)の案内を参照し、事実の整理資料を添えて連絡します。窓口の種別と連絡先は、社内ポータルに一覧で掲出すると現場で迷いません。
事実確認〜対応の標準手順(上位者への引き継ぎ、記録保存)
相談を受けたら、日時・場所・関係者・発言や行為の内容を事実ベースで記録し、再発を防ぐ観点で必要な範囲に共有します。一次受付で判断が難しい場合は、担当部門の責任者に引き渡し、対応方針の決定と再発防止策の実施までを見届けます。記録は対応経過とセットで残し、相談者に不利益が及ばないよう取り扱いを徹底します。
協力会社・現場監督への周知と年次教育
元請・協力会社・現場監督など立場が異なる人が集まるため、共通ルールを毎年短時間でも繰り返し周知することが定着への近道です。朝礼や安全大会での10分説明資料、掲示用A4一枚の要点整理など、現場で読みやすい形に落とし込むと運用が進みます。相談先や受付の流れを図で示し、初めての人でも迷わない導線を作ると効果的です。
フリーランス法の下請法・建設業法との違いと重なり
「下請法があれば十分か」という問いには、一律の答えはありません。下請法は親事業者と下請事業者の取引の公正を確保する法律で、資本金規模や委託の類型で適用範囲が決まります。
フリーランス新法は、建設分野の個人事業主や役員1名のみの小規模法人といった“特定受託事業者”を広く対象にし、書面の明示、60日以内の支払、相談体制までを求めます。案件によっては両方が同時に関わるため、対象・行為・罰則の観点で重複と非重複を見取り、社内の書式と手順を共通ルール化することが実務上の近道です。
参考:【2024年11月施行】フリーランス保護新法とは?下請法との違い・フリーランス支援の法整備に向けた動きを分かりやすく解説!
どの場面でどの法律が効くか?
“下請法があるから十分か”というと、答えは状況次第です。下請法は資本金規模や委託の内容に応じて適用範囲が決まり、親事業者による支払遅延や買いたたき等を禁じています。一方、フリーランス法は個人の受託者を広く対象に取り、書面での条件明示や60日以内支払い、ハラスメント防止体制まで求めます。建設の委託では両方が同時にかかる場面もあるため、どちらの要件に触れているかを案件ごとに確認するのが安全です。
参考:下請代金支払遅延等防止法ガイドブック「ポイント解説 下請け法」|公正取引委員会
書面・検収・支払い運用を“共通ルール化”するコツ
現場ごとに書式がばらつくと、どの法律の要件を満たしているか分かりにくくなります。発注書・検収記録・支払台帳を共通の雛形と番号体系にそろえ、条件変更があれば当初の明示との関係が一目で追えるようにします。月末締めのサイクルでも、個々の受領日から60日以内に収まる期日設計にしておくと、どちらの法律でも説明しやすくなります。
監督機関・相談窓口の使い分け
取引条件や支払いに関する相談は公正取引委員会や中小企業庁、ハラスメント対応は厚生労働省の案内が分かりやすい窓口です。社内対応で収まらない場合でも、まず事実を整理したうえで、どの論点がどの制度に当たるかを踏まえて問い合わせると、必要な助言につながりやすくなります。
建設業界におけるフリーランス法の社内実装
規程を作るだけでは回りません。まずは書面テンプレと支払期日管理の“最小セット”で運用を開始し(スモールスタート)、対象職種を広げます。現場は専門用語を避けた説明とチェックで進め、問題が出たら上位者への引き渡し基準で早期対応します。導入指標は「書面交付率」「期日内支払い率」です。
委託基本契約・注文書・検収書が最低限の雛形セット
“まず動かす”ためには、委託の枠組みを定める基本契約、案件ごとの注文書、完了の事実を残す検収書の3点をそろえるのが近道です。名称は自由でも、明示すべき事項が一式そろっていることが大切です。電子で交付する場合は、相手から紙の交付を求められた際の対応もあらかじめ決めておくと、運用が滞りません。
支払い・検収のKPIとなる期日遵守率と差し戻し率
導入の効果は数字で見ると定着します。書面交付率、60日以内支払い率、検収から支払いまでの平均日数、差し戻し率などを月次で追い、問題が出た工程を重点的に見直します。受領日と支払期日を同じIDでひも付ければ、どの案件で遅延が発生したかが一目で分かり、改善の打ち手につながります。
支払期日KPIダッシュボード
KPI名 | 定義 | 計算式 | データ源 | 目標値 |
---|---|---|---|---|
書面交付率 | 受託者へ必要項目を記した書面(電子含む)を交付できた割合 | 交付件数 ÷ 対象取引件数 | 契約台帳、電子契約ログ | ≧ 98% |
60日以内支払い率 | 給付受領日から60日以内に支払完了した割合 | 期日内支払件数 ÷ 支払対象件数 | 支払台帳、検収日データ | ≧ 99% |
平均支払遅延日数 | 期日を過ぎた支払いの平均遅延日数 | 遅延日数合計 ÷ 遅延件数 | 支払台帳 | < 1.0日 |
検収→支払リードタイム | 検収日から支払実行日までの平均日数 | (各件の支払日−検収日)の平均 | 検収記録、支払台帳 | ≤ 30日 |
差し戻し率 | 不備等で支払処理を差し戻した割合 | 差し戻し件数 ÷ 支払対象件数 | 支払ワークフロー履歴 | ≤ 2% |
相談一次受付完了率 | 支払・取引に関する相談の一次受付を期日内に完了した割合 | 一次受付完了件数 ÷ 受付総件数 | 相談受付台帳、専用メール箱 | ≧ 95% |
再発防止策実施率 | 遅延・不備原因に対する是正策を期限内に実施した割合 | 期限内実施件数 ÷ 改善対象件数 | 是正措置台帳 | ≧ 90% |
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社内規程を整えても、現場が理解しなければ動きません。朝礼や定例会で配れる10分説明資料と、共用部に貼れるA4の要点シートを用意し、相談窓口と受付の流れ、書面明示のタイミング、支払期日の考え方を短く繰り返し伝えます。新しい協力会社が入るときは、最初の打ち合わせで配布して“スタート時点のズレ”をなくすと効果が長続きします。
以下の記事では、検収〜支払の遅延を減らす受領クラウドの選び方について詳しく解説しているので参考にしてください。
まとめ
建設業のフリーランス法対応は、「最初に何を渡すか(書面明示)」「いつ払うか(60日以内)」「やってはいけない行為の共有」「相談・対応の体制」を、現場で運用できる粒度に落とすことが要点です。下請法等との重なりを見取り図で整理し、雛形とKPIを用意して“スモールスタート”。書面交付率と期日内支払い率を定点で確認し、対象範囲を広げながら定着させましょう。