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企業が赤字を計上すると、税負担が重くのしかかってきます。しかし、適切に処理すれば、税金の還付や将来の税負担の軽減につなげることができるのが「繰越欠損金」の仕組みです。
本記事では、繰越欠損金の基本的な考え方から、実際の会計処理、税務上の注意点まで、初心者でも理解できるように徹底解説します。正しい知識を身につけることで、キャッシュフローの改善や税務リスクの低減が可能になり、将来の事業成長をより確かなものにできます。
経理や税務に不安を抱える方こそ、今すぐ知っておくべき知識をこの記事で身につけていきましょう!
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繰越欠損金とは
繰越欠損金の制度は、企業の財務の安定性を支える重要な税務上の仕組みです。特に、創業初期や景気の影響で一時的に業績が悪化した企業にとって、将来の黒字で過去の赤字を相殺できるメリットは大きいでしょう。
繰越欠損金の制度を正しく理解し、適用条件を満たすことで、企業は税負担を軽減しながら財務基盤を強化できます。
繰越欠損金の意味・定義
企業活動において、収益よりも費用が上回ると「赤字」となります。特に法人税の計算において、赤字の金額は「欠損金」と呼ばれます。この欠損金を翌期以降に繰り越し、将来発生する黒字と相殺することで法人税の負担を軽減する仕組みが「繰越欠損金」です。
例えば、ある企業が2023年度に1,000万円の赤字を計上し、2024年度に1,500万円の黒字を出した場合、2023年度の赤字1,000万円を繰り越すことで、2024年度の課税所得を500万円(1,500万円 – 1,000万円)とすることができます。これにより、法人税の課税対象が減り、税負担を抑えられるのです。
繰越欠損金による節税効果
法人税の計算において、赤字を出した年に即座に税負担が軽減されるわけではありません。しかし、繰越欠損金を適用することで、将来の黒字と相殺できるため、長期的な税負担の軽減につながります。
以下の図ように、繰越欠損金を活用すれば、赤字が出た年度の損失を翌年度以降の黒字と相殺し、税負担を軽減できます。結果として、企業のキャッシュフローが安定し、経営計画を立てやすくなります。
繰越欠損金の活用イメージ
年度 | 利益(損失) | 繰越欠損金 | 課税所得 | 法人税 |
2023年 | △1,000万円 | 1,000万円 | 0円 | 0円 |
2024年 | 1,500万円 | △1,000万円 | 500万円 | 減額 |
繰越欠損金の適用条件や期限、控除限度額
繰越欠損金の適用を受けるためには、いくつかの重要な条件を満たす必要があります。まず、法人が繰越欠損金を活用するには、税務署から青色申告の承認を受けていることが前提となります。青色申告承認申請書を提出し、正式に認められた企業のみが、この制度の適用を受けることができます。
また、確定申告書を期限内に提出することも必須の条件となります。申告期限を過ぎてしまうと、繰越欠損金の適用を受けられなくなるため、税務スケジュールの管理が重要です。
さらに、繰越欠損金の控除限度額についても注意が必要です。資本金が1億円以下の中小企業の場合、繰越欠損金を全額控除することが可能です。一方で、資本金が1億円を超える大企業では、繰越控除前の所得金額の50%が控除の上限となります。
例えば、資本金3億円の企業が5,000万円の黒字を計上し、過去の繰越欠損金が8,000万円あった場合、控除限度額は所得の50%である2,500万円となり、課税所得は2,500万円(5,000万円 – 2,500万円)になります。
このように、繰越欠損金の活用には一定の条件があり、それを正しく理解し、適切に計算することが重要です。
繰越欠損金の税効果会計
企業の会計処理と税務計算には違いがあり、特に繰越欠損金の処理においては「税効果会計」が重要な役割を果たします。繰越欠損金は税務上では損金と見なされるものの、会計上の費用としては認識されません。このズレを調整し、企業の財務状況を正しく反映するために税効果会計が用いられます。
会計上の利益と税務上の課税所得は一致しない
企業の会計上の利益と税務上の課税所得は必ずしも一致しません。会計基準と税法の規定が異なるため、会計上の収益や費用として計上されても、税法上は益金や損金と認められない場合があります。たとえば、繰越欠損金は会計上の損失として計上されませんが、税務上は将来の利益と相殺することが可能です。
そのため、企業の損益計算書には「会計上の利益」と「税法上の課税所得に対応する税額」が同時に存在します。これらのズレを正しく調整し、適切な税負担を算出するために、決算時に税効果会計を行うことが必要です。
繰延税金資産と法定実効税率
税効果会計では、「繰延税金資産」という勘定科目が重要な役割を果たします。これは、繰越欠損金の額に法定実効税率を掛けた金額を示すものであり、将来の課税所得から控除できる税金を資産として計上する仕組みです。
法定実効税率とは、税務会計上の所得に対する法人税、住民税、事業税を総合的に考慮した税率のことを指します。たとえば、ある企業の繰越欠損金が1,000万円で、法定実効税率が30%であった場合、繰延税金資産は300万円(1,000万円 × 30%)として計上されます。
この繰延税金資産を適切に計上することで、企業の財務状況をより正確に反映させることが可能になります。しかし、繰延税金資産を計上する際には、将来的に利益が見込めるかどうかの検討が必要です。仮に企業が今後も赤字を計上し続ける場合、繰延税金資産を実際に活用できない可能性があるため、その回収可能性についても慎重に判断する必要があります。
このように、税効果会計を適用することで、企業の財務状況をより正確に把握し、税務上の最適な対応を取ることが可能となります。
以下の記事では、税効果会計について詳しく解説していますので参考にしてください。
繰越欠損金のメリット・デメリット
繰越欠損金は、企業にとって強力な税務対策の一つであり、税負担の軽減、キャッシュフローの改善、経営の安定化といった大きなメリットがあります。しかし、適用期限の制限や計算の煩雑さ、将来の利益への依存といったデメリットも伴うため、慎重な計画と専門家の助言を活用しながら適用することが求められます。
繰越欠損金のメリット
繰越欠損金を活用することで、企業は以下のようなメリットを享受できます。まず、最大の利点は税負担の軽減です。赤字が発生した年度の損失を将来の黒字と相殺することで、法人税の支払額を削減できます。
例えば、2023年度に1,000万円の赤字を計上し、2024年度に1,500万円の黒字を出した場合、繰越欠損金を活用することで2024年度の課税所得を500万円に圧縮でき、法人税の支払いが軽減されます。
次に、キャッシュフローの改善にもつながります。法人税の支払いが抑えられることで、手元資金の流出を抑えることができ、運転資金を確保しやすくなります。特に、中小企業にとっては資金繰りの安定が経営継続の鍵となるため、繰越欠損金の活用は大きな意味を持ちます。
さらに、経営の安定化にも寄与します。景気の変動や市場環境の変化により業績が悪化した場合でも、過去の赤字を活用することで税負担を軽減でき、事業継続がしやすくなります。この仕組みを活用することで、企業は長期的な視点で利益計画を立てることが可能になります。
繰越欠損金のデメリット
一方で、繰越欠損金にはいくつかのデメリットも存在します。まず、利用できる期間の制限がある点が挙げられます。繰越欠損金は無期限に使用できるわけではなく、原則として10年間の期限内に控除する必要があります。そのため、10年以内に十分な利益を上げられない場合、欠損金の控除を受けられずに失効してしまう可能性があります。
次に、計算が複雑になることもデメリットの一つです。繰越欠損金の適用には、過去の欠損金額と当期の利益額を適切に把握し、適用可能な金額を正しく算出する必要があります。特に、大企業の場合は適用限度額(所得の50%まで)があるため、慎重な計算が求められます。このため、税理士や専門家の助言を受けながら適用を進めるのが望ましいでしょう。
また、繰越欠損金の適用は将来の利益が前提となるため、業績が安定していない企業にとってはリスクとなる可能性があります。例えば、赤字を繰り越したものの、その後の事業環境の変化により黒字を出せず、結果的に欠損金が失効してしまうケースも考えられます。そのため、繰越欠損金を活用する際には、今後の事業計画や市場の動向を十分に考慮することが重要です。
繰越欠損金の会計処理の仕訳
企業が繰越欠損金を適用する際には、適切な会計処理が求められます。税効果会計を行うのは決算時であり、繰越欠損金の金額に法定実効税率を掛けた金額を基に処理を行います。具体的には、貸借対照表の借方に「繰延税金資産」として計上し、損益計算書の貸方には「法人税等調整額」が記載されます。この仕組みにより、企業は適切に税務上の利益と損失を調整することができます。
繰越欠損金を計上する仕訳
まず、企業が当期に赤字を計上し、将来の利益と相殺するために繰越欠損金を計上する際の仕訳は以下のようになります。
例:当期に1,000万円の赤字を計上し、法定実効税率30%で税効果会計を適用する場合
借 方 | 金 額 | 貸 方 | 金 額 |
繰延税金資産 | 300万円 | 法人税等調整額 | 300万円 |
この仕訳により、繰越欠損金の税務効果を反映し、将来の税負担の軽減を見込むことができます。
繰越欠損金を解消する仕訳
翌期以降、企業が黒字を計上した際には、前期に計上した繰越欠損金を活用し、法人税の負担を軽減します。
例:翌期に1,500万円の利益が発生し、前期の繰越欠損金1,000万円を適用する場合
借 方 | 金 額 | 貸 方 | 金 額 |
法人税等調整額 | 300万円 | 繰延税金資産 | 300万円 |
この仕訳により、前期に計上した繰延税金資産を取り崩し、法人税負担を軽減します。
繰越欠損金の回収可能性がなくなったときの仕訳
繰越欠損金を適用するためには、将来にわたって黒字を計上できる見込みがあることが前提となります。しかし、経営状況の悪化などにより将来的な利益の見込みが立たなくなった場合、計上していた繰延税金資産を取り崩す必要があります。
例:回収可能性がなくなった場合(300万円の繰延税金資産を取り崩す)
借 方 | 金 額 | 貸 方 | 金 額 |
法人税等調整額 | 300万円 | 繰延税金資産 | 300万円 |
この仕訳により、繰越欠損金の税効果が適用できなくなったことを反映し、財務諸表の透明性を確保します。
以下の記事では、繰越欠損金の回収可能性について詳しく解説していますので参考にしてください。
繰越欠損金に関する注意点と制限
繰越欠損金を活用する際には、最も古い年度から順番に控除を行う必要があり、適用期限を超えないよう注意しなければなりません。また、買収や合併を通じて繰越欠損金を活用しようとする場合には、法人税法で定められた適格合併の要件を満たしているかを慎重に確認する必要があります。
以下では、繰越控除の適用順序や買収・合併時の制限について詳しく解説します。
欠損金の繰越控除は最も古い年度から行う
繰越欠損金を適用する際には、最も古い事業年度の欠損金から順番に控除を行う必要があります。欠損金が連続的に発生した場合でも、各年度の欠損金を適用する順序を誤ると、本来適用できるはずの繰越控除が無効になる可能性があります。
例えば、以下のようなケースを考えてみましょう。
事業年度 | 欠損金額 | 適用期限 | 控除の優先順位 |
2013年度 | 500万円 | 2023年度 | ①最優先 |
2015年度 | 800万円 | 2025年度 | ②次優先 |
2017年度 | 600万円 | 2027年度 | ③最後 |
このように、欠損金は発生した順番に適用しなければなりません。仮に2024年度に1,000万円の課税所得が発生した場合、2013年度の500万円を最初に適用し、残りの500万円分を2015年度の欠損金から控除する形になります。翌期の課税所得に2017年度の欠損金を適用することになります。
また、翌期をスキップして翌々期に適用することは認められていません。例えば、2023年度の課税所得に欠損金を適用せず、2024年度の所得から控除することはできません。適用期限を過ぎると欠損金は無効になってしまうため、毎年度の税務申告において適切に処理することが求められます。
買収や合併時の繰越欠損金の引き継ぎ制限と適格合併
企業が買収や合併を行う際、繰越欠損金の引き継ぎについては厳しい制限が設けられています。特に、節税目的で赤字会社を買収し、繰越欠損金を利用しようとするケースは税務当局によって厳しく監視されています。
法人税法では、単なる節税目的の合併や買収による繰越欠損金の引き継ぎを認めていません。そのため、適格合併として認められるためには、いくつかの要件を満たす必要があります。
まず、事業継続性の要件を満たすことが求められます。これは、合併後も被合併法人の主要な事業を継続する必要があることを意味します。単なる赤字の利用ではなく、実際に事業を継続する意図があることが重要です。
次に、支配関係の要件があります。これは、合併法人と被合併法人が一定の支配関係を有していることが求められるものであり、例えば、同一の株主が両法人を支配している場合などが該当します。
さらに、資産・負債引継の要件を満たすことも必要です。被合併法人の資産・負債の大部分を引き継ぐことが条件となり、名目的な合併ではなく、事業の実体が維持されることが求められます。
例えば、赤字企業A社を黒字企業B社が合併した場合、A社の繰越欠損金がB社の所得と相殺できるかどうかは、これらの適格合併の要件を満たしているかによって判断されます。要件を満たしていない場合、A社の繰越欠損金はB社には引き継がれず、結果的に控除が認められないことになります。
欠損金の繰戻しによる還付の具体例と利用例
企業が赤字を計上した場合、その欠損金を翌年度以降に繰り越すだけでなく、前期に納付した法人税から還付を受ける方法もあります。これを「欠損金の繰戻しによる還付」といい、中小企業者等に限り適用されます。この制度を活用すると、赤字の年度においてキャッシュフローを改善できる一方で、適用にあたってはいくつかの注意点も存在します。
欠損金の繰戻し還付は、中小企業にとって有効な節税手段の一つですが、適用対象が限られており、税務調査のリスクも考慮する必要があります。一方で、翌年度以降に利益が見込まれる場合は、繰越控除を選択することで、より大きな税務メリットを享受できる可能性があります。
どちらの方法を選択するべきかは、企業の財務状況や将来の利益計画を考慮し、慎重に判断することが重要です。以下では、欠損金の繰戻し還付の仕組みや具体例を解説し、赤字の繰越との選択方法ついて解説します。
欠損金の繰戻しによる還付とその適用例
繰戻し還付制度は、法人税を前期に納付している場合にのみ利用可能で、還付対象は国税(法人税)のみとなります。地方税(住民税・事業税)については適用されない点に注意が必要です。また、繰戻し還付の対象となるのは直前の1事業年度分のみで、それ以前の法人税には適用できません。
欠損金の繰戻しによる還付金額は、以下の計算式で求められます。
還付金額の計算式
還付金額=前期の法人税額 × (当期欠損金 ÷ 前期課税所得)
例えば、前期に課税所得500万円を計上し、法人税額が100万円だった企業が、当期に300万円の欠損金を計上した場合、還付金額は以下のように計算されます。
100万円 × (300万円 ÷ 500万円)= 60万円
この場合、当期の赤字に応じて60万円の法人税が還付されることになります。
赤字の繰越と繰戻し還付の選択の判断軸
欠損金の処理方法として、「繰越控除」と「繰戻し還付」の2つの選択肢があります。それぞれのメリット・デメリットを理解し、どちらを適用するのが最適か判断することが重要です。
まず、繰戻し還付の大きなメリットは、赤字の年度に法人税の還付を受けることでキャッシュフローを改善できる点です。特に、資金繰りが厳しい企業にとっては、早期に資金を確保できることは大きな利点となります。しかし、繰戻し還付を適用すると、翌期以降に赤字を繰り越すことはできません。翌年度以降に黒字転換する見込みがある場合は、繰越控除を選択したほうが税務上のメリットが大きくなる可能性があります。
また、繰戻し還付を申請すると、税務調査が実施される可能性が高くなることも考慮すべき点です。国税庁は、還付請求が適正に行われているかを慎重に確認するため、企業の会計処理や税務申告に対する調査が厳格になることがあります。適用を検討する際には、税理士など専門家のアドバイスを受けながら慎重に判断することが推奨されます。
例えば、以下のようなケースを想定してみます。
ケース1:資金繰りが厳しい企業A社
A社は、前期に500万円の課税所得があり、法人税100万円を納付。しかし、当期は300万円の赤字を計上したため、繰戻し還付を選択し、60万円の還付を受けた。資金繰りの改善に貢献し、事業継続が可能となった。
ケース2:翌年度に黒字転換が見込まれる企業B社
B社は、当期に300万円の赤字を計上したものの、来期は売上が回復し、500万円の黒字が見込まれている。このため、繰戻し還付ではなく、繰越控除を選択し、来期の課税所得と相殺することで、翌年度の法人税を大幅に削減することを選択した。
まとめ
繰越欠損金を適切に活用することで、過去の赤字を将来の黒字と相殺し、法人税の負担を軽減できます。これは企業のキャッシュフローを改善し、安定的な経営の維持にもつながる重要な税務戦略です。一方で、繰越欠損金には適用期間や控除限度額といった制限があり、適用ルールを正しく理解しないと想定した節税効果を得られない可能性もあります。
本記事を通じて、繰越欠損金の仕組みや計上方法、税務上の注意点を把握することで、より効果的な税務対策が可能になります。将来の事業成長を見据え、正しい知識をもとに戦略的に活用し、税負担を軽減しながら健全な経営基盤を築いていきましょう。