この記事は約 10 分で読めます。

人手不足や法改正対応、属人化に悩む経理部門にとって、AIエージェントは“次の一歩”です。日々の入力や確認を任せるだけでなく、例外対応や月次・決算の準備もスムーズにします。
本記事では、AIエージェントの現在地とこれから、経理での具体的な使いどころ、導入の進め方、ルール作りや記録の残し方、費用対効果の測り方まで、初心者にもわかりやすく整理します。読み終えるころには、自社で何から始めるべきかが明確になります。
AIエージェントの現在地とこれから
AIエージェントは、指示に従って社内ツールやデータを使いながら作業を進める“デジタルな担当者”です。最近は、複数のAIが役割分担して協力できるようになり、より複雑な業務にも届き始めました。ただし、万能ではありません。向いている業務と向いていない業務を見極める視点が重要です。
定義と従来AIとの違い
AIエージェントは、指示を受けると自分で必要な情報を集め、社内のツールを操作しながら一連の作業を進める“デジタル担当者”のような存在です。従来の「決められたルール通りにボタンを押すだけ」の自動化と違い、状況に応じてやり方を選び直したり、途中で不足している前提を確認したりできます。
例えば、請求書の内容から勘定科目の候補を出し、足りない添付があれば依頼メッセージを作成し、最後は人の確認へ回す、といった流れを一つの“仕事”として扱えます。ポイントは、万能ではない一方で「指示→実行→確認」という人の働き方に近づいてきたことです。近年の解説でも、企業内で“何をどこまで任せられるかを具体化する”視点が重視されています。
マルチエージェント化の潮流
一つのAIに何もかも任せるのではなく、役割を分けた複数のAIが協力する動きが強まっています。調査が得意なAI、文書を作るのが得意なAI、数値チェックが得意なAIという具合に分担させると、作業を同時並行で進められ、途中の抜け漏れも発見しやすくなります。最近は、全体を取りまとめる“進行役”が仕事を小さく分け、担当AIに配り、結果を取りまとめる仕組みも紹介されています。
経理では、取引情報の収集、請求内容の照合、仕訳候補の提示、承認依頼文の作成といった工程をそれぞれの“担当”に分けることで、スピードと見落としにくさを両立できます。ただし、同時に動く分だけ計算コストや設定の手間が増えるため、どの工程を人が受け持ち、どの工程をAIに任せるかの線引きが欠かせません。
期待と現実:適用領域の見極め
期待先行で「すべて自動化できる」と考えると、運用が続かなくなります。AIエージェントが得意なのは、情報を集め、要点を整理し、定められた手順でツールを操作する一連の仕事です。一方、社内規程の解釈が分かれるケースや、例外対応のために関係部署と調整が必要な場面は、人の判断を中心に据えるべき領域です。まずは日次の繰り返し業務の一部から始め、成果やミスの傾向を数字で確かめながら対象を広げるのが現実的です。
外部の技術動向でも、活用が広がる一方で、コストや品質の管理、止められる仕組みの整備といった基本が成功の分かれ目になると指摘されています。経理部門では「どこを任せ、どこで人が最終確認するか」を最初に決め、その前提で評価指標と記録の残し方を用意しておくことが、過度な期待を現実の成果へつなげる近道です。
費用対効果の見方と指標例については、「費用対効果の考え方と指標例」で具体的な表を用いて解説しています。
経理に与えるAIエージェントの効果
日次では請求書の読み取りや仕訳候補提示、経費の不備チェックが自動化されます。月次では締め処理の進捗確認や例外対応の手間が減り、決算では監査で必要な記録の自動整備が進みます。人手不足や属人化の解消、繁忙期の平準化に直結します。
日次:請求書・経費・支払の自動化
日々の処理では、AIエージェントが請求書や領収書の内容を読み取り、取引先名や金額、日付を整えて台帳に登録します。勘定科目や税区分の候補を提示し、差額や重複があれば自動で知らせます。経費申請では、規程に合っているかを先にチェックし、不足書類の案内文まで作成します。支払の段階では、入金や支払予定と突き合わせて自動で消し込み、残った未処理だけを担当者に回します。最終承認は人が行う前提にすれば、スピードと安心の両立が可能です。
月次:締め処理の進捗・例外対応
月次になると、仕訳の未処理や照合作業の残りがどこにあるかを、ダッシュボードで見える化できます。AIエージェントは、よくある差戻し理由を集計して共通パターンを示し、担当者が確認すべき案件を優先順位付きで並べます。規程の解釈が分かれるような案件は、関係部署への問い合わせ文面を下書きして調整を助けます。これにより、手戻りの多い箇所を早期に発見でき、締め後半の突貫作業を減らせます。毎月の繰り返しの中で“自動化に向く作業”が増え、属人化の解消にもつながります。
決算:監査ログ・証跡の自動収集
決算期には、どの仕訳が誰の判断で確定したか、どの資料に基づいたかといった“証跡”の整理が重要になります。AIエージェントは、承認履歴や修正理由、添付ファイルの版数などをひとつの記録にまとめ、後から検索しやすい形で保存します。
固定資産や引当金など判断が必要な領域でも、前期との違いを自動で洗い出し、確認が必要な箇所に目印を付けます。監査対応では、依頼された資料のリストを作成し、所在と更新日を併記して取りこぼしを防ぎます。人が最終確認する前提を守りつつ、確認作業の負担を大きく減らせるのが利点です。
以下の記事では、経費精算のAI活用の実践と注意点について詳しく解説していますので参考にしてください。
AIエージェント導入の進め方
最初に、いまの業務を洗い出して“繰り返しが多い”“ルールで決められる”作業を見つけます。次に、小さな範囲で試して効果を数字で確認します。手応えが出たら、手順書や権限のルールを整え、対象を少しずつ広げます。
現状を整理して対象を選ぶ
はじめに、いま行っている経理業務を「作業名・頻度・所要時間・関与する人・使用ツール」の観点で書き出します。書き出してみると、毎日または毎週、似た判断を繰り返している作業が見つかります。請求書の読み取りや経費の不備チェック、支払の突合せのように、手順が決まっていて判断基準もはっきりしている仕事は、AIに任せやすい代表例です。
反対に、社内の解釈が割れやすい処理や、関係部署との調整が欠かせない仕事は、最初の対象からは外しておくと安全です。まずは「件数が多く、同じことを何度もしていて、判断の基準が明快」な小さな塊を、1~2種類だけ選びます。ここで対象を欲張らないほど、後の運用が安定します。
小さく試して効果を数字で確かめる
対象を決めたら、期間を区切って小さく試します。例えば、「請求書処理のうち仕訳候補の提示だけを2週間実施する」といった具合です。この短い期間で、導入前と比べてどれだけ速くなったか、どれだけミスや差戻しが減ったかを数字で確かめます。測り方は難しくありません。
1件あたりの処理時間の中央値、初回で人の修正なく通った割合、差戻しの理由の内訳の3つを記録するだけでも、改善の方向は見えてきます。もし思うほど効果が出なければ、原因を「設定」「データの質」「社内ルールの曖昧さ」のどこにあるかに分けて見直します。ここで無理に広げず、数字で“効いている”と確信できるところまで調整してから次へ進みます。
以下の記事では、RPAとAIの使い分けと実装のコツについて詳しく解説していますので参考にしてください。
手順書と権限を整えて段階的に広げる
小さな試行で手応えが得られたら、そのやり方を文章に残します。誰がどの画面で何を確認し、どの条件で承認し、迷ったときは誰に相談するのかを、スクリーンショットと一緒にまとめると、引き継ぎが楽になります。併せて、AIが自動で進めてよい範囲と、人が必ず最終確認する範囲をはっきり決めます。
例えば、「金額が一定以上の支払は必ず人が見る」「税区分が判断しづらい取引はAIが“要確認”として止める」など、止められる仕組みを前提にすれば安心です。ここまで整ったら、対象業務を一段広げます。仕訳候補の提示で成果が出たなら、次は不備の自動通知や支払の消し込みへというように、隣接する工程に広げると失敗が少なくなります。広げるたびに、同じ指標で効果を測り、手順書を更新するリズムを保つことが、長く使える運用につながります。
AIエージェントのガバナンスとリスク管理
AIエージェントを安心して使うには、データの取り扱い、記録の残し方、責任の所在を明確にする必要があります。社内ルールと運用体制を文書化し、人がいつでも止められる仕組みを用意します。外部規制への対応も併せて確認します。
ルール作り/体制/記録の基本設計
最初に整えるべきは「何を、誰が、どう進めるか」をはっきりさせることです。具体的には、AIエージェントが扱ってよいデータの範囲、参照できるシステム、保存しておくべき記録の種類を文書で決めます。たとえば、請求書の読み取り結果や承認の経緯、修正理由、添付ファイルの版数などは、後から確認できるよう一つの記録として残します。
運用面では、現場の担当者、情報システム、内部監査の三者で役割を分け、問い合わせの窓口と判断の最終責任を明確にします。電帳法やインボイスへの対応では、検索性や改ざん防止の仕組みが満たせているかを点検し、監査時に提示しやすい形式で証跡をそろえておくと安心です。
人が介入し止められる仕組み
AIエージェントは便利ですが、想定外の入力や規程の解釈が分かれる場面では誤った方向に進むことがあります。そのため、人がいつでも介入して処理を止められる仕組みを前提にします。金額や取引先の種類など、社内で決めた条件に当てはまったときは自動的に“要確認”として処理を保留し、担当者へ通知が届くようにします。
担当者は、保留理由やAIの判断根拠を画面上で確認でき、必要なら差戻しや修正を選べるようにします。さらに、緊急時にまとめて停止できる“非常ボタン”と、再開時に何を点検したかを記録するチェックリストも用意しておくと、現場の不安を減らせます。最終判断は人が行うという前提を守ることが、安心して活用を広げるための土台になります。
変更点の管理と定期的な見直し
運用が回り始めると、規程の変更や取引パターンの追加など、少しずつ前提が変わっていきます。AIエージェントの設定や判定基準を変えるときは、誰が申請し、誰が承認し、いつ適用したかを必ず記録します。変更前後で処理時間や差戻し率がどう変わったかを短い期間で比べ、狙い通りに改善しているかを確認します。
四半期に一度は、監査指摘や現場からの問い合わせ内容を振り返り、記録の残し方や“要確認”の条件、教育資料を更新します。外部の法改正やガイドラインの改定があった場合は、その影響がどの業務に及ぶかを一覧にして優先順位を付け、影響の大きいものから反映していきます。小さな調整を積み重ねることで、運用はむしろ安全で強いものになっていきます。
以下の記事では、電子帳簿保存法の保存要件と実務ポイントについて詳しく解説していますので参考にしてください。
AIエージェントの最新技術トレンド
開発や運用を支える基盤が整い、複数AIの役割分担や連携がしやすくなっています。用途に合わせて“軽いAI”と“高性能なAI”を使い分ける動きも一般的になり、コストと安定性のバランスが取りやすくなりました。
複数AIの役割分担と連携の実際
一つのAIにすべてを任せるのではなく、「集める」「照合する」「候補を出す」「文面を整える」といった役目ごとにAIを分けて動かすやり方が広がっています。例えば請求書処理なら、まず読み取りに強いAIが明細を取り込み、次に照合が得意なAIが発注情報と突き合わせ、最後に会計の知識を持つAIが勘定科目や税区分の候補を提示します。全体の指示出しは“進行役”が受け持ち、途中であいまいな点があれば人へ確認を回します。役割を分けることで、処理を同時並行で進めやすくなり、うっかりの見落としにも気づきやすくなります。
一方で、どの段階で人が見るのか、どこまで自動で進めてよいのかを最初に決めておかないと、手戻りが増えます。運用では「誰が最終確認するか」を常にはっきりさせておくことが鍵になります。
“軽いAI”と“高性能AI”の使い分け
最近は、目的に合わせて二種類のAIを使い分ける考え方が一般的になりました。短い文章の判定や定型の仕分けのように、処理内容がはっきりしていて回数が多い作業には、動作が速くて費用の低い“軽いAI”が向いています。反対に、文脈を読み取る必要がある問い合わせ対応や、複数の資料を突き合わせて結論を示すような場面では、理解力の高い“高性能AI”が力を発揮します。経理では、日次のチェックや文言の整形には“軽いAI”、規程の解釈を伴う相談文の作成や、例外パターンの説明には“高性能AI”という組み合わせが現実的です。すべてを最上位のAIで処理しようとすると費用が膨らみがちなので、「どの工程にどのAIを当てると全体の質と費用のバランスがよいか」を定期的に見直すと、長く続けやすい運用になります。
開発・運用を支える基盤の充実
AIを安全に活用するための土台も充実してきました。会計ソフトやワークフローとの連携は、専用の接続機能を使えば設定だけでつながる場面が増えています。実行の記録や承認の履歴も自動で残せるようになり、「誰がいつ何を確認したか」を後から追えるようになりました。
変更点の管理もやりやすくなっており、設定を変えたときに影響範囲を表示したり、以前の状態に戻せる仕組みが用意されているものもあります。運用面では、テスト用の環境で安全に試してから本番へ反映できるため、現場の不安を抑えられます。こうした基盤が整うほど、現場は“道具としてのAI”に集中でき、導入効果を安定して積み上げやすくなります。
AIエージェント費用対効果の考え方と指標例
費用対効果は、削減できた作業時間だけでなく、入力ミスの減少、再処理の減少、決算の早期化による価値なども含めて見ます。指標は、処理時間の中央値、初回の正答率、例外対応の割合、監査での指摘件数などが有効です。
直接効果と間接効果の捉え方
費用対効果を見るときは、まず「目に見える時短」と「すぐに数字化しにくいが確実に効いてくる効果」を分けて考えると整理しやすくなります。直接効果は、1件あたりの処理時間が短くなることや、担当者が行っていた確認作業が減ることです。ここは工数×人件費で比較すれば、導入前後の差をはっきり示せます。
一方、間接効果は、入力ミスが減って再処理が少なくなること、差戻し対応のメールや確認の往復が減って精神的な負担が軽くなること、そして決算の前倒しにより報告や意思決定が早まることなどです。間接効果は見落とされがちですが、監査対応に要する準備時間の短縮や、残業の偏り解消といった形で確実に蓄積します。はじめに直接効果で投資回収の筋道を示し、並行して間接効果の手応えを月次の記録で積み上げていくと、社内の合意形成が進みます。
指標例(処理時間/正答率/例外率/監査指摘)
指標名 | 目的 | 定義/算出方法 | 初期目標 | データ源 | 測定頻度 | 担当 | 備考 |
---|---|---|---|---|---|---|---|
処理時間の中央値 | スピード向上の把握 | 対象業務1件あたりの所要時間の中央値(分) | 導入前比 -30% | 作業ログ/ツール履歴 | 週次 | 現場/情シス | 繁忙期/閑散期で分けて集計 |
初回の正答率 | 品質の安定化 | 人の修正なしで承認された件数 ÷ 全件数 | 80%以上 | 承認/差戻し履歴 | 週次 | 現場 | 業務カテゴリ別に併記 |
例外対応の割合 | 自動化の適合度把握 | 例外処理件数 ÷ 全件数 | 10%以下 | 差戻し/例外タグ | 週次 | 現場/情シス | 閾値と理由を記録 |
再処理率 | ムダの削減 | 同一案件の再実行件数 ÷ 全件数 | 5%以下 | 実行ログ | 週次 | 情シス | 原因別(設定/データ)で分類 |
監査指摘件数 | コンプライアンス確保 | 監査での指摘件数(月次/四半期) | 0~1件/月 | 監査ログ/チェック表 | 月次 | 経理/内部監査 | 重大性で区分 |
自動化カバー率 | 適用範囲の拡大管理 | AIが処理した件数 ÷ 全件数 | 50%以上 | 実行ログ/件数集計 | 月次 | 現場/情シス | 業務別の内訳も併記 |
ヒューマン確認比率 | 介入コストの把握 | 人が最終確認した件数 ÷ 全件数 | 100%→段階的に最適化 | 承認ワークフロー | 月次 | 経理 | 完全自動は目標化しない |
月次締め所要日数 | 決算早期化 | 月末から締め完了までの日数 | 導入前比 -20% | 月次進捗管理表 | 月次 | 経理 | 繁忙月/通常月で比較 |
使う指標は少数精鋭で構いません。処理時間は平均ではなく中央値を使うと、繁忙期の極端な値に引っ張られにくく、普段の体感に近い数字になります。品質を見る指標には、AIが提示した結果が人の修正なしで承認まで進んだ割合(初回の正答率)を採用します。どの程度の案件が“いつも通り”に通るのかがわかるため、安心感を測るのに役立ちます。
例外率は、規程の解釈が分かれる案件や、データの不足により保留になった案件の割合です。ここが高止まりしている場合は、社内の判断基準の明確化や、入力フォームの必須項目の見直しが有効です。監査指摘は、内容の重さも一緒に記録します。単なる添付不足と、根拠の不備は重みが違うため、重大度を段階で分けて集計すると改善の優先度がはっきりします。
これらの指標を週次または月次で同じフォーマットに残すだけで、傾向が見え、改善の議論が具体的になります。
参考:計測ログの雛形
日付/週 | 業務カテゴリ | 総件数 | 処理時間中央値(分) | 初回正答率 | 例外件数 | 再処理率 | 監査指摘数 | 自動化カバー率 | ヒューマン確認比率 | 備考 |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
2025-09-01 週 | 請求書処理 | 1,200 | 3.8 | 82% | 125 | 4% | 0 | 56% | 100% | 閾値改定後の初週 |
2025-09-01 週 | 経費精算チェック | 860 | 2.9 | 85% | 72 | 3% | 1 | 61% | 100% | 差戻し基準を微修正 |
金額への置き換えと“見える化”のコツ
社内説明では、時間の短縮を金額に換算すると納得感が高まります。例えば、請求書処理1件あたりの時間が6分から4分に短縮し、月1,000件を処理している場合、月あたりの削減は2,000分、つまり約33時間です。これに平均人件費をかければ、毎月の削減額が算出できます。さらに、初回の正答率が70%から85%に上がったなら、差戻し対応にかかる再処理時間の削減も加えます。
決算の前倒し効果は、最終報告までの短縮日数を使って、関係部門の調整や意思決定の早期化による価値を社内基準に沿って見積もります。数字を“見える化”する際は、導入前3か月と導入後3か月を並べ、繁忙月と通常月を分けてグラフ化すると、改善が偶然ではないことを示せます。
もう一つのコツは、金額と同時に“手触り”も伝えることです。たとえば「締め後半の突貫作業が減った」「差戻しメールが半分になった」といった現場の声を、短いコメントで添えると、数字だけでは伝わりにくい効果が社内に広がります。
AIエージェント導入のつまずきを避けるコツ
失敗の多くは、目的があいまい、範囲が広すぎる、記録や責任が曖昧、現場への周知不足といった基本で起きます。対象を絞り、効果を測る仕組みをつくり、人が介入できる体制と教育をセットで進めることが大切です。
仮説→測定→見直しの回し方
はじめに「どの作業を、どれだけ速く・正確にしたいのか」を短い一文で決めます。たとえば「請求書の仕訳候補提示にかかる時間を3割短縮する」のように、対象と目標をはっきりさせることが出発点です。次に、導入前と導入後の数字を同じ条件で比べられるよう、期間と記録方法をそろえます。処理時間の中央値、初回で通った割合、差戻しの理由の内訳という3つを継続して残すだけでも、改善の向きは見えてきます。
結果が思わしくないときは、設定の甘さ、データのばらつき、社内ルールの曖昧さのどこが原因かを切り分け、直せるところから順に手を入れます。小さな区切りごとに振り返り、次の一手を決める。この回し方を守ると、期待だけが先行することを防げます。
対象を絞る/人が介入できる設計
一度に多くの作業へ広げると、例外対応が膨らみ、結局負担が増えます。最初は件数が多く、判断の基準が明確で、社内の合意が取りやすい作業に限って始めるのが安全です。そのうえで、AIが自動で進めてよい範囲と、人が必ず確認する範囲を前もって線引きします。金額や取引先の種類など、社内で決めた条件に当てはまるときは処理を自動で保留し、担当者へ通知が届くようにします。
担当者は、保留の理由やAIの判断根拠を画面で確認し、承認・差戻し・修正のいずれかを選べる状態にしておきます。つまり、進めるのはAI、最終の責任は人という役割分担をはっきりさせることが、トラブルを小さくおさめる近道です。
周知・教育と現場調整の進め方
新しい仕組みは、知らせ方と教え方で成果が変わります。開始前に「いつから」「誰が」「どの画面で何をするのか」を一枚の案内にまとめ、例外の扱いと連絡先もセットで示します。操作の説明は、短い動画や画面の連続キャプチャを使うと理解が速く、質問が減ります。
開始直後の1~2週間は、問い合わせの多い時間帯にサポート担当を待機させ、現場の声をその場で吸い上げます。寄せられた質問はQ&Aに整理し、毎週更新して全員に共有します。月末には、数字の結果と現場のコメントを合わせて振り返り、次に直す点を合意します。こうした小さな調整の積み重ねが、運用を止めずに品質を上げるいちばん確実な方法です。
AIエージェントの将来像と人材スキル
経理人材には、規程や会計の理解に加えて、AIに“何をどの順で頼むか”を設計する力、監査要件を満たす運用の工夫が求められます。ツールの操作だけでなく、良い指示の出し方とリスクに気づく感性が強みになります。
指示の出し方
AIに仕事を頼むときは、「何を、どの順番で、どの基準で判定するか」を具体的に伝えるほど成果が安定します。たとえば請求書処理なら、最初に読み取る項目を「取引先名・発行日・税抜金額・消費税」と決め、次に照合する相手を「発注書・取引先マスタ」と指定し、最後に出してほしい結果を「勘定科目の候補と根拠の一文」とします。
条件も明確にします。金額が一定以上なら要確認にする、税区分が判定できない場合は理由を添えて保留にするといった“止める条件”を書き添えると、余計な手戻りが減ります。良い指示とは、作業の小分けと合否の基準がはっきりしていることです。はじめは短い指示から始め、結果を見ながら言い回しを整えると、現場になじむ“定型のお願いの仕方”が少しずつ育ちます。
法対応や監査要件を“実務の言葉”に落とす
法律やガイドラインの条文は抽象的になりがちです。経理がAIを使う場面では、条文をそのまま当てはめるのではなく、「日々の作業で何を残せば要件を満たせるか」に言い換える力が大切です。電子帳簿保存法の「検索性」は、実務では「日付・金額・取引先で素早く探せる状態か」と表現できます。「改ざん防止」は「更新の履歴が残り、誰がいつ何を変えたか追えるか」と置き換えられます。
監査に向けては、AIが作った判断や候補に「根拠の出典」と「人が確認した痕跡」を必ず紐づけます。承認のタイムスタンプ、差戻し理由、添付ファイルの版数といった“あとで説明できる材料”を日々の処理に組み込むことで、特別な準備に頼らず監査に耐える運用ができます。条文を実務のチェックリストに翻訳する感覚が、将来の経理には求められます。
業務×AIを学び続ける姿勢
AIの機能や社内の業務フローは、少しずつ変化します。変化に振り回されないためには、月に一度の振り返りを習慣にし、数字と現場の声を並べて確認することが効果的です。処理時間の中央値や初回の正答率がどう推移したか、差戻しの理由はどこに偏っているかを見ながら、指示の表現や入力フォームの必須項目を小さく更新します。
新しい機能や外部の事例に触れたら、自社の業務に当てはめる小さな実験を短期間で回し、結果を共有します。学び方は難しくありません。短い内製メモを残し、よくある質問を更新し、画面キャプチャを足していく。この地道な積み重ねが、組織としての“学習する力”になります。ツールの操作に詳しいだけでなく、「良い指示の型」と「法対応の型」を磨き続ける姿勢こそが、AI時代の経理人材の強みになります。
まとめ
AIエージェントは、請求書処理や仕訳候補の提示など定型業務を任せつつ、監査で必要な記録の整備や法対応の抜け漏れ防止にも役立ちます。成功のポイントは、現状の業務を整理して小さく試し、数字で効果を確かめながら範囲を広げることです。止められる仕組みや権限の線引きを整え、費用対効果を継続的に見える化すれば、現場の負担を減らしつつ“戦略的な経理”へ近づけます。