この記事は約 9 分で読めます。
大企業では、申請量の多さ、複雑な承認ルート、拠点や部署の分散が重なり「承認渋滞」が起きやすくなります。紙・メール運用の名残や、どこで止まっているか見えない状態も遅延の原因です。
→ダウンロード:拠点数が多い組織が抱える経費精算4大課題の解決策
本稿では、渋滞の“元”をほどく設計の考え方、クラウド経費精算×AIの活用、電帳法等のルールを運用に埋め込む実務、そしてスモールスタートからの段階拡大まで、現場で機能する打ち手をまとめます。

なぜ大企業で経費の承認渋滞が起きるのか?
大企業の経費承認プロセスが停滞する背景には、組織規模特有の構造的な要因があります。従業員数が多いことによる処理量の膨大さ、コンプライアンスを重視した多段階の承認設計、全国に広がる拠点間での連携の難しさなど、複数の要因が複雑に絡み合っています。ここでは、承認渋滞を引き起こす5つの主要な背景について、それぞれ詳しく解説します。

1. 申請・承認量が多い
大企業において、経費精算の「承認渋滞」が起こる最大の原因の一つは、申請と承認の量が特定時期に集中してしまうことです。特に、月次の締め日や四半期の最終日など、経理処理の期限が迫ると、それまで溜まっていた申請が一斉に経理部門と承認者に押し寄せます。この突発的な業務量の波は、処理能力を一時的に超えてしまうため、どうしても停滞が発生します。
また、申請する側も「月末にまとめて提出すればよい」という意識があると、業務が平準化されず、承認者側も通常業務に加え、大量の経費精算をさばく必要に迫られます。このピーク時の集中こそが、個人の努力だけでは対応しきれない、構造的な渋滞の根本原因となってしまうのです。経理部門としては、申請時期を分散させるための社内ルール整備や、処理能力を一時的に増強できる仕組みの導入が求められます。
2. コンプライアンス重視で承認層が増える
企業規模が大きくなるほど、内部統制とコンプライアンスの観点から、経費精算の承認フローが複雑化し、承認層が不必要に多くなる傾向が見られます。例えば、少額の消耗品費であっても、申請者、直属の上司、部門長、さらにはコンプライアンスチェック担当者など、複数の承認者を介さなければならないケースです。
もちろん、不正防止や規定遵守のため、適切なチェック体制は不可欠です。しかし、リスクの低い少額の申請まで、高額な申請と同じ段数を踏ませてしまうと、承認者は大量の申請の波に飲まれ、一つひとつの精査が疎かになるだけでなく、全体の処理速度が著しく低下します。渋滞を解消するためには、経費の金額やリスクに応じて、本当に必要な最小限の承認段数を見極め、フローを簡素化する勇気ある見直しが不可欠になります。
3. 多拠点・多階層の分散
多拠点展開している大企業では、申請・承認フローが本社、支社、海外拠点といった物理的な場所や階層によって分散し、その管理方法が統一されていないことが渋滞を引き起こします。具体的には、ある拠点は紙の申請書と押印、別の拠点はメールによるデータ提出、さらに別の部署はExcelファイルを共有フォルダにアップロードするなど、申請方法がバラバラになりがちです。
これにより、経理部門は拠点ごとに異なるルールや処理手順に対応する必要が生じ、業務の標準化が大きく妨げられます。また、紙の書類を郵送したり、メールの返信を待ったりする「タイムラグ」も無視できません。特に紙ベースの運用が残っている場合、物理的な移動時間が発生するため、全体の処理時間が長期化し、承認の停滞が日常化してしまうのです。全社で申請の窓口と手順を統一することが、この分散による渋滞解消の第一歩となります。
4. 「どこで止まったか」見えない
経費精算の承認フローにおける「可視化不全」は、渋滞を長期化させる根本的な要因です。紙やメール、共有フォルダベースの運用では、「この申請が今、誰のデスクの上で止まっているのか」「いつ承認されたのか」といった進捗状況が、申請者にも経理担当者にも明確に見えません。
その結果、申請者は承認者に進捗を個別に問い合わせる「探索」作業に時間を費やし、経理担当者も停滞している申請を突き止め、関係者に「催促」する作業に追われます。この探索と催促自体が、本来の経理業務や承認作業を圧迫する「ムダな付帯業務」となってしまい、全体の処理効率を大きく下げます。申請がどこで停滞しているかを誰もがリアルタイムで把握できる状態にすることが、この無駄を削減し、渋滞解消に直結する鍵となります。
5. 経費項目が多くルートが乱立
大企業では、通勤費、交際費、出張費、消耗品費など、経費項目が多岐にわたり、その一つひとつに異なる承認ルールや上限額、精算方法が設定されていることが一般的です。この結果、経理システム内や社内規定上では、申請ルートが複雑に入り組み、「この費目はこの人、この金額を超えたらさらにこの人」といった多種多様な条件分岐が乱立します。
さらに、システム設計が古い場合などには、実質的に同じチェックを異なる承認者が何度も繰り返す「重複ステップ」が発生しやすくなります。申請者はどのルートを選べばいいか迷い、承認者は細かすぎる規定の確認に時間を取られ、処理が遅延する温床となるのです。ルートの乱立は、システム側の設定を複雑にし、ルール変更時の対応も煩雑にするため、経費精算の根幹となる承認ルートを整理・統合することが、効率化のために求められます。
止まりにくい大企業の経費承認の設計原則
止まらない承認は“設計”から始まります。金額・リスクに応じた最小段数、委任の基準、条件分岐の簡素化、そして「止まったら誰に引き渡すか」の基準を決め、可視化ダッシュボードで常時モニタリングします。用語は平易に、手順は短く。誰が見ても同じ判断になる状態を目指します。

金額・リスクで段数を最小化する
承認が滞る要因を解消するためには、申請の金額と内在するリスクに基づいて、承認プロセスを設計することが重要です。全ての経費精算を一律で同じ人数の承認者に回すのではなく、例えば少額の消耗品費であれば直属の上司のみの「一発承認」で完了させ、一方で交際費や高額な設備投資に関わる経費については、部門長や経理部長といった複数の承認層を設けるなど、メリハリをつけます。
この「リスクに応じた最小化」の原則を適用することで、大半を占める低リスクな申請の処理速度を飛躍的に向上させることができます。また、この設計は、承認者に「これはすぐに通していい」という判断基準を明確に示し、チェック作業の負荷を適切に分散させる効果ももたらします。
承認ルートは“例外優先”で短くする
承認ルートの設計においては、「例外を少なく、ルートを短く」という発想が重要です。多くの企業では、様々な例外規定や特殊な事情を考慮するあまり、条件分岐が複雑になりがちです。しかし、申請の大部分を占める標準的な経費精算については、できる限り承認ステップを減らし、スムーズな流れを確保します。
その上で、特定のプロジェクト経費や役員経費など、本当に必要な「例外」のみを少数精鋭の分岐として独立させ、明文化します。つまり、まずは基本となる最短ルートを作り、その後にやむを得ない例外ルールを追加していくという、例外処理に主眼を置いた設計を行うことで、通常業務の流れを乱さない、シンプルで迷いのない承認フローを確立することができます。
「上位の担当者への引き渡し」基準を明文化
予期せぬ承認者の不在や、特殊な状況により、通常の承認ルートでは対応できない場合の「上位の担当者への引き渡し」基準を、明確に定めることが、処理の停滞を防ぐ上で非常に重要です。この引き渡し(いわゆるエスカレーション)基準には、「承認者が3営業日以上応答しない場合」「申請金額が設定された上限を著しく超える場合」「特定のコンプライアンス上の懸念事項が発生した場合」など、具体的な条件を設定します。
これにより、承認者が不在で処理が止まってしまう「属人化リスク」を回避できるだけでなく、経理担当者が状況に応じて誰に判断を仰ぐべきかを迷うことなく把握できます。この基準をシステム設定と運用ルールに明確に反映することで、例外発生時でも処理が途切れない体制が構築されます。
可視化ダッシュボードで停滞の即時検知
承認渋滞を根本的に解消するためには、申請の進捗状況をリアルタイムで把握し、「どこで、誰が、なぜ」停滞させているのかを瞬時に特定できる仕組みが必要です。この役割を担うのが「可視化ダッシュボード」です。ダッシュボード上では、部門別や承認者別の未承認件数、平均承認リードタイム、そして特に停滞している申請の具体的な停留場所などを、視覚的に表示します。
これにより、経理担当者はもちろん、マネジメント層も、問題が発生している箇所を直感的に把握できるため、停滞が長期化する前に、特定の承認者にリマインドを送る、あるいは一時的に代理承認を設定するなど、先回りした対処が可能になります。個々の申請者に頼る「催促」ではなく、データに基づいた「即時検知」への転換が、渋滞解消の鍵となります。
KPI早見表
| 指標 | 定義 | 悪化の目安 | 主な原因候補 | 取るべき初動 |
|---|---|---|---|---|
| 承認リードタイム(平均/中央値) | 申請から最終承認までの所要時間 | 基準比+20%超が2週連続 | 承認段数過多/不在・滞留/入力不備多発 | 段数の見直し・代理承認設定・入力ヘルプ強化 |
| 滞留件数(24/48/72時間) | 各時間帯で承認待ちに留まる件数 | 48h超の滞留が前週比+30% | 承認権者の集中・可視化不足・担当不明 | 可視化ダッシュボードの常時確認と引き渡し基準の適用 |
| 差戻し率 | 差戻し件数 ÷ 申請件数 | 5%超が継続(部門別に偏り) | 必要項目の不明瞭・規程の周知不足 | 申請テンプレ整備・入力チェックの自動化・部門向け周知 |
| 再申請率 | 差戻し後に再提出が必要になった割合 | 3%超が継続(特定費目に集中) | 例外ルール過多・判定条件の複雑化 | 例外の棚卸し・条件分岐の簡素化 |
| 紙ゼロ率 | 紙/メール運用を廃しシステム完結した比率 | 90%未満が3週継続 | 紙台帳・メール申請の併用・現場慣行 | 紙入口の停止期日設定・モバイル申請の徹底 |
| モバイル申請比率 | スマホで申請完了した割合 | 50%未満(外勤多い部門で低迷) | 必須項目多すぎ・UI/回線制約 | 必須最小化・OCR/下書き保存・オフライン許容の確認 |
| 承認段数(平均) | 案件あたりの平均承認ステップ数 | 金額帯に対し1段以上過多 | 権限委任の不足・重複承認 | 金額×リスクの基準再設計・重複の撤廃 |
| 代理承認率 | 代理設定により期限内に承認された割合 | 低すぎる(不在時に滞留) | 代理設定未整備・引き渡し基準未運用 | 代理者の必置ルール化・自動引き渡しの有効化 |
| 注記: 指標は「週次レビュー+月次レビュー」で確認します。部門別・費目別の偏りを同時に見ると原因を特定しやすくなります。 算出式の例(クリックで展開) 承認リードタイム(平均)= Σ(各案件の承認完了時刻 − 申請時刻) ÷ 件数 差戻し率= 差戻し件数 ÷ 申請件数 再申請率= 再申請件数 ÷ 申請件数 紙ゼロ率= システム完結件数 ÷ 申請件数 滞留件数(48h)= 申請から48時間以上承認待ちの件数 | ||||
以下の記事では、承認段数を最小限に保ち、滞留ポイントを定義する考え方について詳しく解説しているので参考にしてください。
クラウド経費精算×AIによる自動化で手作業をなくす
紙・メール・エクセルの混在は遅延の最大要因です。クラウド経費精算で申請〜承認〜仕訳〜支払までを一元管理し、IC/コーポレートカード連携・OCR読取・モバイル申請で入力と確認を自動化。どこで止まっているかを画面で把握でき、催促も自動化できます。
一元管理:申請状況・最終更新・承認者の見える化
クラウド型の経費精算システムを導入する最大のメリットは、申請から承認、仕訳、支払いまでの一連のプロセスを単一のプラットフォーム上で一元的に管理できる点にあります。これにより、申請者は自分の提出した経費が「今、誰のデスクで止まっているのか」、経理担当者は「最終更新がいつ行われたか」といった進捗状況をリアルタイムで把握できるようになります。
紙やメールが混在していると、進捗の把握には膨大な探索と問い合わせが必要でしたが、一元管理によって、全ての関係者が同じ画面を見て同じ情報を共有できるため、「どこで止まったか見えない」という根本的な渋滞要因が解消されます。申請の可視化は、承認者への適度なプレッシャーとなり、スムーズな処理を促す効果も期待できます。
カード・明細の自動連携で“入力”を減らす
経費精算における手作業の負荷の多くは、申請者による「入力作業」に起因します。特に、領収書を見ながら日付や金額、利用目的などを手動でシステムに入力する作業は時間がかかる上に、ミスが発生しやすいのが実情です。この課題を解決するのが、法人クレジットカードや交通系ICカードの利用明細データを、経費精算システムへ自動的に連携する仕組みです。
連携により、申請者は明細データを取り込み、不足している利用目的などの情報のみを補完すれば申請が完了するため、入力負荷が大幅に削減されます。これにより、申請業務にかかる時間が短縮されるだけでなく、入力ミスによる差し戻しも減少し、結果として承認プロセス全体の迅速化に貢献します。
OCR×ルール判定で金額・科目・上限の自動チェック
クラウド経費精算システムの多くが採用しているOCR(光学文字認識)技術は、領収書や請求書をスマートフォンなどで読み取るだけで、日付や金額、支払先といった主要なデータを自動で抽出・入力する機能です。さらに重要なのは、このデータ抽出と同時に「ルール判定」が行われる点です。
このルール判定機能は、企業があらかじめ設定した経費規定(例:交際費の上限額、科目ごとの利用制限など)に基づいて、入力された金額や科目が適切かどうかをシステムが自動でチェックします。規定外の入力があった場合は、申請者にその場でアラートが表示されるため、経理担当者や承認者の手動によるチェック作業が激減します。これにより、差し戻しの手間が削減され、チェック漏れというコンプライアンス上のリスクも低減できます。
モバイル完結で“持ち帰り”ゼロへ
承認渋滞の原因の一つに、承認者がオフィスに戻ってから、あるいは特定の端末でなければ承認作業ができないという「場所や時間に縛られた業務プロセス」があります。モバイル対応のクラウド経費精算システムでは、申請・承認の全工程を、スマートフォンなどのモバイルデバイスで完結させることが可能です。
これにより、出張中の移動時間や、オフィス外での隙間時間など、場所を選ばずに承認作業が行えるようになります。その結果、申請書が承認者のデスクで何日も放置される「持ち帰りによる停滞」がゼロに近づき、全体のリードタイムが大幅に短縮されます。モバイル対応は、特に移動の多い営業部門やマネジメント層の負荷を軽減し、迅速な意思決定を可能にする上で不可欠な要素です。
以下の記事では、AIを活用して経費承認を自動化する方法について詳しく解説しているので参考にしてください。
電帳法・税制改正などのルール変更を運用に埋め込む
法改正や社内規定の変更は、周知のメールでは続きません。承認ルートや上限額、保管要件を“設定”で反映し、変更日は自動で適用。監査ログや検索要件も満たしつつ、現場教育を定期的に行い、迷いを減らします(交際費等の上限見直しは最新情報を確認して設定に反映)。
設定で上限・ルートを即時反映
電子帳簿保存法(電帳法)や税制改正、あるいは社内の利用規定の変更があった際、その変更内容を全従業員への「メールや通達での周知」だけで終わらせてはいけません。周知に頼る運用では、現場担当者が規定を見落としたり、古いルールで申請してしまったりするミスが常につきまといます。これを防ぐためには、クラウド経費精算システムの「設定機能」を最大限活用し、新しい上限額や承認ルートをシステム内部に「自動適用」させることが重要です。
例えば、交際費の上限が変更になった場合、その設定を変更すれば、即座に新しいルールが適用され、変更日以降の申請は自動で新しい承認ルートに乗るようにします。これにより、現場の「迷い」や「ルール無視」が構造的に解消され、ルールの徹底とコンプライアンス遵守が同時に実現します。
以下の記事では、経費精算規程の整備とシステム設定の進め方について詳しく解説しているので参考にしてください。
証跡・検索・改ざん防止の担保
法改正対応におけるクラウドシステムの重要な役割の一つは、「証跡管理」「検索機能」「改ざん防止」といった、電子データ保存の要件を自動で満たすことです。特に電帳法では、電子的に保存された取引情報について、改ざんを防止するための措置や、必要な情報を速やかに検索できる機能が求められています。クラウドシステムは、いつ、誰が、どのような操作をしたかという「監査ログ(証跡)」を自動で記録し、電子データにタイムスタンプを付与するなどして、データの真正性を担保します。
また、取引年月日、勘定科目、金額といった主要な項目で絞り込み検索が容易に行えるため、税務調査や社内監査の際に、必要な情報を迅速かつ正確に提示することが可能になります。これにより、経理部門は法改正対応の負荷を大幅に軽減し、より安心感をもって業務を遂行できる土台が築かれます。
証跡や検索要件の最新ルールは、以下の電子帳簿保存法Q&Aで確認し、運用手順に落とし込みましょう。
現場教育と“使い方の見直し”の定着サイクル
システムの設定変更による「自動適用」はルール徹底の基盤ですが、ルール変更を真に定着させるには、現場の意識と使い方の定着が不可欠です。法改正や税制の変更があった際、単にシステムを改修するだけでなく、その背景にある「なぜルールが変わったのか」を現場担当者にもわかりやすく説明し、定期的な現場教育を行う必要があります。
また、システム導入後の運用の中で、「この費目の申請は現場で手間がかかりすぎる」「この承認ルートは頻繁に差し戻しが発生する」といった課題が明らかになることもあります。こうした現場の声を定期的に吸い上げ、設定や運用フローに反映させる「使い方の見直しサイクル」を回すことで、システムが常に現場の実態に合った、使いやすい状態に保たれ、ルールの順守率と業務効率の向上が図られます。
スモールスタートで効果とリスクを見極め、段階拡大へ
課題を一気にしようとするのは、現場リスクが高く頓挫しがちです。まずは影響の少ない部門や費目でスモールスタートし、承認時間・差戻し率・紙ゼロ率などのKPIで効果と課題を確認。設定・教育・運用ルールを整えてから、対象部門・費目を段階的に広げます。

30日で試す対象と範囲の決め方
経費精算システムの刷新は、全社に影響が及ぶ大きなプロジェクトであるため、リスクを最小限に抑えつつ効果を検証するために、「スモールスタート」が推奨されます。最初の30日間で試行する対象と範囲を決定する際は、まず「影響が少なく、かつ効果測定がしやすい」部門や費目を選ぶことが鉄則です。例えば、申請件数が比較的少なく、かつ利用ルールが標準化されている「本社部門の消耗品費の精算」や、「出張が限定的な特定の部署の交通費精算」などが適しています。
これにより、新しいシステムの設定や運用ルールに関する小さな問題点を、全社展開する前に発見し、解決することができます。初期の成功体験は、その後の全社展開への機運を高め、部門間の協力を得るための重要な要素となります。
承認リードタイム、差戻し率、紙ゼロ率等のKPI設計
スモールスタートの効果を客観的に評価し、次の段階への拡大を決定するためには、明確なKPI(重要業績評価指標)の設計が不可欠です。経費精算における主要なKPIとしては、申請から最終承認までの所要時間を示す「承認リードタイム」、不備により申請が差し戻された割合を示す「差戻し率」、そして、紙の領収書や申請書がシステムに置き換わった割合を示す「紙ゼロ率」などが挙げられます。
これらのKPIを試行部門の導入前後で比較することで、「承認渋滞がどれだけ解消されたか」「申請の質が向上したか」といった具体的な効果を数値で把握できます。このデータに基づいた評価が、感情論ではなく、明確な根拠をもって全社展開へのゴーサインを出す土台となります。
全社拡大の進め方と定期レビュー
スモールスタートで効果が確認された後、全社への「拡大の進め方」、すなわちロードマップを策定し、段階的な展開に移ります。この際、最初に対象とした部門や費目での設定や教育コンテンツを標準化し、次に影響の大きい部門へと順次展開していきます。例えば、第一段階で少額費目、第二段階で出張費や交際費といった複雑な費目を対象とする、あるいは、一部の支社から他の支社へと水平展開するといった戦略が考えられます。
また、拡大の各段階で、設定したKPIが達成されているかを検証する「定期レビュー」を必ず実施します。このレビューでは、運用上の課題や新たなリスクを早期に特定し、次の展開フェーズに進む前に改善策を講じることで、手戻りや大規模な混乱を防ぎ、着実にシステム導入を成功に導きます。
大企業の経費承認でよくあるつまずきと対処法
「承認者が不在」「設定が複雑」「例外処理が多すぎる」などのありがちな詰まりに先回りし、代行承認・簡易テンプレ・例外の棚卸しで再発を防ぎます。申請者・承認者・経理の“三方よし”を守ることが、渋滞ゼロの近道です。
承認者不在への備え
経費精算が止まる最も一般的な原因の一つが、承認者が急な出張や休暇で不在になる「承認者不在」です。これを防ぐためには、システム上で「代理承認者」を事前に設定できる仕組みを導入することが基本となります。代理承認者は、不在となる承認者に代わって一時的に承認権限を行使し、業務を停滞させません。
加えて、前述のH2-2でも触れたように、「承認者が○日以上応答がない場合は、自動的に△△部門の担当者に承認を引き渡す」といった「引き渡し基準」を明文化し、システムに設定しておくことが不可欠です。この二重の備えによって、特定の個人に依存することなく、いかなる状況でも経費精算の処理フローが途切れない安定した運用を実現できます。
申請テンプレと入力ヘルプの整備
申請者の入力ミスや不備による差し戻しは、経理担当者の作業負荷を増やすだけでなく、承認渋滞の一因となります。このつまずきを防ぐには、申請者が迷わず正確に申請できる「申請テンプレ(テンプレート)」と「入力ヘルプ機能」の整備が極めて有効です。例えば、よく利用される費目や出張パターンについては、あらかじめ必要な情報が入力されたテンプレートを用意し、申請者は最小限の修正で済むようにします。
また、交際費や会議費など、利用目的の記載が必要な箇所には、記入例や規定の注意書きを即座に表示するヘルプ機能を組み込みます。これにより、申請者はルールの理解度が浅くても、システムが提供するガイドに従って申請を進められるため、経理部門側のチェック負荷と差し戻し率が大幅に改善されます。
例外の棚卸しと“例外の例外”の廃止
長年の運用の中で、経費精算のルールには、特定の部門や特定の役職者向けに作られた「例外規定」が積み重なり、それが複雑な承認ルートや判断の迷いを引き起こす原因となります。渋滞を解消するためには、まずこれらの全ての例外規定を洗い出し、「本当に存続が必要か」を精査する「例外の棚卸し」を行う必要があります。
その結果、「この例外は全社ルールに統合可能だ」「この規定は現在の業務実態に合っていない」と判断されるものは廃止していきます。特に、「例外の例外」、つまり特定の例外規定からさらに逸脱した個別対応は、現場の混乱を極度に増幅させるため、原則として廃止を徹底します。シンプルで共通のルールを確立することで、経理部門と現場担当者双方の迷いをなくし、処理速度の向上に繋げます。
まとめ
経費承認の渋滞は、個人の頑張りでは解消しきれません。①金額・権限にもとづく最短ルート設計、②「どこで止まっているか」の常時可視化、③紙・エクセル・メールの置き換えによる一元管理、④法改正・社内規定の変更を“設定”で反映する体制、⑤スモールスタートで効果とリスクを見極めて段階拡大。この順で整えると、承認が止まりにくい“しくみ”に変わります。








