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経理部門の人手不足は、採用を強化するだけでは解決が難しくなっています。紙やエクセルに依存した運用、頻発する法改正への対応、属人化した判断業務が積み重なり、限られた人数で処理しきれない状況に陥りがちです。
本記事では、AIとデジタル変革を組み合わせて「今いる人数のまま処理量と品質を底上げする」ための考え方と具体的なステップを整理します。経理DX全体の議論ではなく、人手不足という課題に正面から向き合いながら、電帳法・インボイス対応も含めて安全に進めるためのポイントを解説します。
AI×デジタル変革で経理の人手不足は本当に解消できるのか?
経理の人手不足とAI・デジタル変革の関係について、よく寄せられる疑問をQ&A形式で整理しました。まずは全体像をつかんでから、具体的な進め方の章へ進んでください。
Q1. 経理の人手不足に、AIとデジタル変革はどこまで効くのか?
A. 紙の書類や手入力が多い経理業務では、請求書処理や経費精算などの定型業務をAI×デジタル化するだけでも、同じ人数で処理できる件数を増やしたり、残業時間を数十%削減できる可能性があります。特に「入力・転記・並べ替え」といった付加価値の低い作業を削減し、人が判断すべき場面に時間を振り向けられるようにすることが重要です。
Q2. 人手不足を前提にしたとき、何から着手すると効果が出やすいのか?
A. まずは「紙やPDFが多く、件数が多い」「担当者が少数に固定されている」といった業務から洗い出し、電帳法・インボイス制度の要件を満たす形でデジタル化することが出発点になります。そのうえで、AIによる自動仕訳やルールベース判定を組み合わせ、一部の業務で短期間だけ試す「スモールスタート」をすることで、現場の負荷を抑えながら効果を検証できます。
Q3. AI導入で法対応や監査リスクが増えないか不安な場合、何に注意すべきか?
A. 電子帳簿保存法の改ざんされないこと(真実性)、あとから辿れること(可視性)、すぐに探せること(検索性)と、インボイス制度の保存要件を満たす設計を先に行い、その枠組みの中でAIや自動化を活用することが前提になります。権限分掌や承認フロー、監査ログの取り方をあらかじめ整理しておけば、人手不足対策と同時に、内部統制やガバナンスの強化につなげることも可能です。
なぜ経理の人手不足は、採用強化だけでは解決しにくいのか?
日本企業の人手不足と経理現場の実情を事実ベースで整理し、採用強化だけでは解決しにくい構造的なボトルネックを明らかにします。日本企業では、業務とルールの見直しを伴うデジタル化(DX)を推進する人材不足が深刻化し、経理でも法改正対応と日常処理が逼迫しています。特にデータ活用や自動化を担う人材が不足し、改善の着手が遅れがちです。IPAの「DX動向2024」も、人材像の未定義が停滞要因と指摘しています。
参考:「DX動向2024」進む取組、求められる成果と変革 | 社会・産業のデジタル変革 | IPA 独立行政法人 情報処理推進機構
人材不足が生むボトルネック
経理の現場では、「この処理はあの人でないと進まない」という属人化が、想像以上に作業量を増やします。担当者が休めないだけでなく、手順のバラつきが差し戻しを招き、月次の締めが遅れやすくなります。紙の請求書や領収書が多い環境では、並べ替えや突合、スキャンといった“形にするだけの作業”に多大な時間がかかります。
実際に毎月1万枚以上の請求書を扱う企業の事例では、各拠点での照合・押印リレー・並べ替えが業務全体の大きな負担になっていました。ペーパーベースの処理は、担当者の経験に依存しやすく、標準化されにくいことが長時間労働と遅延の温床になります。
法改正対応(電帳法・インボイス)が与える負荷
電子帳簿保存法やインボイス制度は、適切な保存と検索、証憑の整合性確保を求めます。要件を満たすために“とりあえず紙をスキャンして保管する”だけでは不十分で、受領から保存、承認までの流れ全体を見直す必要があります。紙のまま運用を続ければ、受付形式の多様さ(手書き、PDF、郵送)への対応、押印や原本回収、スキャンの手戻りといった負荷が増えます。
経理の人手不足が深刻化する背景には、単なる人員不足だけでなく、業務構造そのものに起因する要因が重なっています。代表的な「原因」「現場で見えている症状」「AI×デジタル変革での対策の方向性」を整理すると、次のようになります。
表:経理の人手不足を生む原因と現場の症状、AI×デジタル変革での対策
| 原因 | 現場で見えている症状 | AI×デジタル変革での対策の方向性 |
|---|---|---|
| 紙・手入力の業務が多い | 請求書や経費精算書を並べ替え、スキャン・入力・突合を手作業で行うため、月末月初の残業が常態化している。 | 請求書・領収書の電子受領と一元管理を行い、AI-OCRや自動仕訳で「形にするだけの作業」を自動化する。 |
| 業務の属人化・人材不足 | 特定の担当者しか判断できない処理が多く、休暇時や退職時に業務が滞留する。引き継ぎにも時間と労力がかかっている。 | 判断ルールやチェック観点を明文化し、ワークフローやAIエージェントに組み込むことで、判断プロセスを個人から仕組みに移す。 |
| 法改正対応が場当たり的 | 電帳法・インボイス制度への対応が個別対応になり、運用ルールが複雑化している。担当者が増えても全体像を把握しにくい。 | 電帳法の「真実性・可視性・検索性」とインボイス保存要件を軸に、ルールとシステム設定を整理し、AI・自動化の対象範囲を再設計する。 |
| システムが分断されている | 経費精算、請求書処理、会計システムが別々に運用され、同じ情報を何度も入力している。データ突合やエラー修正に時間がかかる。 | データ連携やAPI連携を前提に業務フローを再設計し、申請~承認~仕訳~支払まで一連の流れをデジタルでつなぐ。 |
人材像と評価基準の未整備
経理DXを進めるうえで、“どのような役割の人材を育成・評価するのか”が曖昧なままだと、人員を増やしても成果につながりにくいという指摘があります。IPAの「DX動向2024」では、データ活用や業務設計を担う人材像が定義されず、評価基準も整っていない企業ほど、人材不足の影響が強く表れると示されています。
つまり、まずは役割とスキルを言語化し、評価の物差しを用意することが、採用・育成・配置のすべてを前に進める近道です。また、国立研究開発法人情報通信研究機構(NICT)が重点分野としてAIやネットワーク、サイバーセキュリティを掲げるように、基盤技術の理解を持つ人材への期待は広がっています。
参考:研究紹介|NICT-情報通信研究機構
経理の人手不足に効くAI×デジタル変革は、どんな設計思想で進めるべきか?」
経理の人手不足を解消するために、目的設定から業務棚卸・要件定義・検証・本番展開・定着化までを一貫したAI×デジタル変革の設計図として示します。目的→業務棚卸→要件定義→小規模検証→本番展開→定着化の6段階で、法対応と監査可能性を先に確定。ツールは“要件に従属”させ、運用と権限設計を同時に固めます。
要件の柱:真実性・可視性・検索性(電帳法)/インボイスの保存要件/監査ログ・権限・IP制限
最初に決めるべきなのは、ツールではなく運用の土台です。受領から保存、承認、出力までの各段階で、改ざんを防ぐ仕組み(真実性)、誰が見ても追跡できる状態(可視性)、必要な証憑にすぐ辿りつける条件(検索性)を満たすことが肝心です。インボイスでは、適格請求書番号の扱いと保存の一貫性、証憑の関連づけが欠かせません。
さらに、権限の分掌、操作履歴の記録、接続元の制御(IP制限)を運用に組み込み、監査時に“何が、いつ、誰により、どう処理されたか”が一望できる状態を標準にします。こうして整えた要件にツールを合わせる発想にすると、導入後の齟齬が起こりにくくなります。
以下の表では、電子帳簿保存法(真実性・可視性・検索性)とインボイス保存要件、加えて監査・セキュリティ・運用の“必須/推奨”をひと目で確認できます。
表:電子帳簿保存法(真実性・可視性・検索性)とインボイス保存要件
| カテゴリ | 項目 | 必須/推奨 | 目的 | チェック観点 | 設定例・証跡(提示物) |
|---|---|---|---|---|---|
| 電帳法 | 真実性(改ざん防止) | 必須 | 証憑の改ざん防止と履歴管理 | タイムスタンプ/バージョン/ハッシュ | 受付番号・付与日時、改定履歴、ハッシュ値一覧 |
| 電帳法 | 可視性(追跡可能性) | 必須 | 証憑から仕訳・承認の道筋を追える | 証憑↔申請↔承認↔仕訳の関連付け | ID連携設計、操作履歴(誰が・いつ・何を) |
| 電帳法 | 検索性(3要件) | 必須 | 必要な証憑へ即時到達 | 日付/金額/相手先などのAND検索 | 検索キー一覧、検索ログ、索引(メタデータ) |
| インボイス | 保存要件 | 必須 | 適格請求書の適正保存 | 適格番号/税率/消費税額の保持 | 番号マスタ、請求データ項目表、検証手順書 |
| 監査 | 監査ログ | 必須 | 操作痕跡の提示 | 閲覧・更新・承認・差戻の記録粒度 | 期間/ユーザー/取引でのエクスポート |
| 統制 | 権限分掌 | 必須 | 牽制関係の担保 | 起票/承認/支払/設定変更の分離 | ロール定義、職務分掌表、権限棚卸ログ |
| セキュリティ | SSO/二要素 | 推奨 | なりすまし・PW事故の抑制 | IdP連携、リスクベース認証 | SSO設定画面キャプチャ、稼働ログ |
| セキュリティ | IP制限/端末制御 | 推奨 | 不正アクセスの抑止 | 社内/VPNのみ、MAM/MDM連携 | 許可IP一覧、端末登録台帳 |
| データ | エクスポート/API | 必須 | 会計・販売・購買との連携 | CSV/APIの項目整合と頻度 | 項目マッピング、入出力テスト記録 |
| データ | バックアップ/保存期間 | 必須 | 災害・誤削除への備え | 世代管理、RTO/RPO、保管年限 | バックアップ設計書、リストア手順 |
| 個人情報 | 最小化/マスキング | 推奨 | 不要情報の流通を回避 | 表示権限制御、不要項目の削除 | 匿名化ルール、削除証跡 |
| 運用 | SLA/サポート | 推奨 | 運用安定と障害時の復旧 | 応答/復旧時間、定期保守 | SLA文書、障害報告テンプレ |
以下の記事では、電子帳簿保存法の3つの保存類型と要件を図解していますので参考にしてください。
また、インボイス制度が経理業務に与える影響については、以下の記事で詳しく解説していますので参考にしてください。
データ設計:マスタ整備、記録保持、タイムスタンプ
次に、取引先・勘定科目・部門などのマスタを整理し、入力や照合の手戻りを減らします。請求書の到着方法が混在する場合でも、共通の受け口でデータ化し、申請・承認と仕訳のひも付けを崩さないことが大切です。必要に応じてタイムスタンプや受付番号を付与し、検索キーを増やすと、監査時の探索が一気に楽になります。柏市役所の事例では、手書きの請求書まで確実にデータ化できる体制を整えたことで、限られた人員でも600件超の月次処理を短時間で回せるようになりました。
セキュリティ:SSO、操作履歴、監査証跡の設計
利用者が増えるほど、ログイン方式や端末制御の整備が欠かせません。SSOでパスワード起因のトラブルを減らし、最小権限で承認権限を付与し、役割変更時の棚卸しを定期化します。承認・差し戻し・修正など、会計数値に影響する操作は自動的に履歴へ残し、監査時には期間・ユーザー・取引で絞って提示できることが望ましい姿です。紙とファイルが混在する環境ほど、セキュリティと監査証跡の“見える化”が効果を発揮します。
人手不足解消の土台となる業務デジタル変革の設計手順は、以下の記事で経理視点から整理しています。
経理のどの業務からAI×デジタル変革を始めると効果が出やすいか?
仕訳・請求・経費などの代表的な経理業務ごとに、RPAとAIエージェントの役割分担と効果が出やすいユースケースを整理します。仕訳候補提示、請求書読取りと突合、経費規程チェック、支払消込、債権管理など、定型~準定型でAIが効果を発揮します。RPAは「決まった操作の繰り返し」、AIエージェントは「文脈理解と判断補助」。まずは、以下の図を見て両者の使い分けを把握してください。
図:RPAとAIエージェントの使い分け

仕訳自動化・異常検知・締め早期化
伝票の説明文や申請内容から、勘定科目や補助科目を自動で提案し、過去の傾向から外れた金額や科目の選び方を知らせる仕組みは、仕訳のスピードと品質を同時に引き上げます。領収書の原本確認や二重計上の検出も併せて行えば、締めの最終段階での修正が減り、月次が早まります。
大規模な小売・サービス企業の事例では、紙の依存度を下げてスマホ申請を広げたことで、申請・承認の滞留が解消し、全社で大幅な時間短縮につながったことがわかります。
以下の記事では、経理AIエージェントの仕組みと導入ステップを詳しく解説していますので参考にしてください。
請求~支払:AI-OCR/重複・改ざん検知/マッチング
到着経路が混在する請求書は、AI-OCRと人の確認を組み合わせて正確にデータ化し、支払マスタや契約情報との付き合わせでミスを減らします。紙・手書き・PDFが混在しても、受領時点で共通の箱に集めれば、重複や改ざんの検知がしやすくなります。
実際に、複数拠点で月1万枚規模の請求書を扱う日本管財ホールディングスの事例では、受領から検索までの流れを統一することで、法対応によって見込まれていた工数増を抑制できました。
経費精算:規程チェック自動化と例外処理の省力化
申請時点で規程に照らしたチェックが働けば、差し戻しは減ります。交通手段や金額の妥当性、添付の不足など、よくある不備は申請画面で解決し、承認者は例外だけに集中できます。現金精算を減らしてキャッシュレスへ寄せると、立替・補充・現金の受け渡しといった負荷も小さくなります。
小口現金の削減に取り組んだ企業の事例では、現場と経理の双方で合計年間1,440時間の削減を実現しました。
RPA×AIエージェントの役割分担
RPAは“決まった画面操作の繰り返し”に強く、締め日の定型処理やフォーマット変換に向いています。一方、AIエージェントは“文脈を読んで判断を補助する”領域に適し、規程に照らした例外の説明づけや、差し戻し理由の案内、関連ドキュメントの探索などで効果を発揮します。どちらか一方ではなく、RPAで操作を自動化し、AIで判断の前処理を行うよう役割を分けると、現場の負担が実感できるレベルで下がります。
以下の記事では、RPAの対象選定と時間帯設計、ROI算定までを詳しく解説していますので参考にしてください。
失敗しないために、AI×デジタル変革はどう小さく試せばよいか?
小さな対象範囲と短い期間で効果を測る検証の進め方を、KPI設計・計測例・リスク管理の観点から具体的に示します。お試し運用では、まず対象業務を限定し、1~2か月で「処理時間△○%」「エラー率」「差し戻し率」など数値で効果を測ります。運用負荷(台帳整備・例外対応)も同時に観察し、合格点なら対象拡大へ。投資判断は“人時削減×品質向上”の実績で行います。
検証設計:目的・対象・評価指標(KPI)
最初から全社で始めず、対象業務を絞って“短期の確かめ”から入ると、投資の判断がしやすくなります。例えば「請求書受領のデータ化」と「経費の申請~承認」を別々に試し、処理時間、差し戻し率、エラー率、検索時間を事前に定義しておきます。評価の観点を先に決めておくことで、検証後に感覚ではなく数値でよし悪しを判断できます。
計測例:処理時間、人件費換算、締め日短縮、ミス率
計測は“時間”を起点にすると明確です。受領から承認までのリードタイム、1枚あたりの処理時間、検索に要する時間を測り、人件費に換算して比較します。紙中心の環境から電子化へ移行した事例では、請求書の並べ替えやスキャンといった“見えにくい作業”が消え、月次の山場での残業が減りました。実地の結果として、年間数千~1万時間規模の削減が生まれるケースもあります。
リスク管理:権限・監査ログ・バックアウト手順
短期検証でも、権限設定と操作履歴は本番と同水準にします。検証環境であっても不正や誤処理は起こり得るため、誰が何をしたかの履歴を残し、万一の際は元に戻せる手順(バックアウト)を用意しておきます。検証で使ったマスタや証憑の取り扱いもルール化し、本番展開時に混乱を持ち込まないようにするのが安全です。
小さく試して効果を確かめる短期検証用シート
| 項目 | 記入例 | 備考 |
|---|---|---|
| 検証の目的 | 請求書受領~承認の処理時間を短縮し、差し戻し率を低下させる | 1~2か月の短期で測定可能な目的に限定 |
| 対象範囲 | 本社経理、仕入先A/B/C、月間1,000枚 | 部署/取引先/件数を明確化 |
| KPI(主要) | 処理時間、差し戻し率、エラー率、月次リードタイム | 定義と算出方法を固定 |
| KPI(品質) | 検索時間、再提出回数、監査指摘件数 | “探す時間”を必ず含める |
| 計測期間 | 前月(現行運用) vs 今月(新運用) | 同難易度の繁忙期で比較 |
| 体制 | 経理2名、現場1名、IT1名 | 役割・可用時間を明示 |
| リスク/対処 | マスタ不整合→初週に棚卸、バックアウト手順の用意 | 権限/監査ログは本番同等 |
| 合否判定基準 | 処理時間▲30%以上、差し戻し率▲50%以上 | 閾値に到達しなければ原因分析へ |
| 展開条件 | KPI達成+運用負荷(問い合わせ/例外対応)が許容範囲 | 人時だけでなく品質も評価 |
以下の記事では、対象業務を絞ったスモールスタートについて詳しく解説していますので参考にしてください。
AI×デジタル変革を“やりっぱなし”にしないために、どんな人材・マネジメントが必要か?
AI×デジタル変革を一過性で終わらせないために、必要なスキル定義と学習の仕組み、役割転換のポイントを人材育成の視点で解説します。日本全体でもスキルギャップが顕在化し、生成AI時代の人材育成が政策的にも重視されています。スキルの可視化と、現場が学び直しやすい仕組みづくりが、効果の持続に直結します。
スキル定義・評価基準の明文化
変革の取り組みを“人”に根づかせるには、役割に必要なスキルを言葉で定義し、評価に結びつけることが重要です。たとえば「証憑要件の理解」「マスタ整備」「監査ログの扱い」「例外対応の記録方法」など、経理の実務に直結するスキルを棚卸し、習熟度に応じて評価できるようにします。IPAの調査でも、人材像や評価基準が定義されていない企業ほど、DX推進の人材不足の影響を強く受けると指摘されています。
参考:DX 動向 2024 – 深刻化する DX を推進する人材不足と課題|情報処理推進機構
学習の仕組み:用語辞書・運用基準・内製と外部支援のバランス
新しい運用には専門用語がつきものです。現場で迷わないように、社内の用語辞書や“申請から保存までの動線”を図解した手引きを用意し、定期的に見直します。すべてを内製化するのでなく、初期の設計や難易度の高い部分は外部の力を借り、現場での改善やルールの更新を内製で回す、といった分担が現実的です。経済産業省も、スキルを可視化し、学び直しを後押しする環境整備の重要性を示しています。
参考:「『Society5.0時代のデジタル人材育成に関する検討会』報告書:スキルベースの人材育成を目指して」を公表します (METI/経済産業省)
役割転換:チェック作業から“例外判断・示唆”へ
自動化の目的は“人の仕事をなくす”ことではありません。定型のチェックを機械に任せ、担当者は例外の判断や改善提案に時間を使う。この役割転換が、属人化を和らげ、仕事のやりがいも高めます。現場の知見が業務ルールやマスタに反映される循環ができると、効果は持続します。
経理向けAI・デジタルツールを選ぶとき、どこまで確認すれば安心か?
数ある経理向けAI・デジタルツールを比較する際に外せない法対応・監査・運用・データ連携のチェックポイントを一覧で整理します。ツール選定の際には、要件との整合、コスト、拡張性、セキュリティ、運用のしやすさを多面的に比較します。電帳法・インボイス準拠、監査ログ、SAML SSO、IP制限、エクスポート性は“必須”。RPA/AIエージェント/BPOの併用余地も確認しましょう。
経理の人手不足対策としてAIやデジタルツールを導入する場合、「機能が多いかどうか」だけで判断すると、運用負荷や法対応の面で思わぬギャップが生じることがあります。最低限チェックしておきたい観点を一覧にすると、次のとおりです。
表:経理向けAI・デジタルツール選定チェックリスト
| 確認項目 | 重要度 | チェックポイント |
|---|---|---|
| 既存システムとの連携 | ★★★ | 会計ソフトや基幹システムとAPI連携できるか、CSV連携の場合は手作業がどの程度発生するかを確認する。 |
| 電帳法・インボイス対応 | ★★★ | 電子帳簿保存法の真実性・可視性・検索性を満たす設定が用意されているか、インボイス保存要件に沿った管理が可能かを確認する。 |
| 運用変更のしやすさ | ★★☆ | 承認ルートや申請フォームの項目変更を、ノーコードや簡易な設定で経理部門自身が行えるかどうかを確認する。 |
| 権限管理・監査ログ | ★★★ | 閲覧・承認・設定変更などの権限を細かく分けられるか、誰がいつどの操作を行ったかをログとして追跡できるかを確認する。 |
| スモールスタートのしやすさ | ★★☆ | 一部部門や限られた業務から短期間で試せる料金体系・導入プロセスになっているか、契約期間の縛りがどの程度かを確認する。 |
| サポート・伴走体制 | ★★☆ | 初期設定や業務設計の相談に乗ってもらえるか、運用開始後の問い合わせにどの程度のスピードで対応してもらえるかを確認する。 |
法対応・監査:要件表でYes/No可視化
選定時は、電子帳簿保存法の3つの条件(真実性・可視性・検索性)とインボイスの保存要件に対して、要件の満たし方を表にして確認します。加えて、承認権限や操作履歴、原本保管、接続元の制御、監査時のデータ提供方法など、監査で問われるポイントを“Yes/No”で明確にすると、比較が容易になります。法対応が不十分だと、導入後に手戻りが発生し、結局コスト高になります。
運用:権限分掌・ログ粒度・SLA
現場で日々使う前提で、承認ルートのメンテナンス性、ログの細かさ、サポート品質を見ます。導入後の設定変更や人事異動への追随に時間がかかると、すぐに現場が疲弊します。大規模拠点で紙が多い場合は、紙・手書き・PDFの混在への対応力がボトルネックになりがちです。運用設計の段階で“誰が何をしないで済むか”を具体にしておくと、導入効果がぶれません。
データ:API・エクスポート・バックアップ
最後に、既存の会計・販売・購買システムとデータをつなげる方法を確認します。CSVやAPIの入出力、マスタの同期、バックアップと復旧の手順が明確であれば、後から他の業務にも展開しやすくなります。大量の証憑を扱う企業では、受領から仕訳までのデータの通り道を固定化し、検索や監査のための索引情報を残しておくことが、長期の運用コストを大きく左右します。
まとめ
経理の人手不足を前提に、紙と属人化を見直してAI支援と標準化を同時に進めるべき理由と、スモールスタートで失敗を避ける要点を総括します。人手不足の克服は、採用強化だけでは追いつきません。経理の“紙・人依存”を見直し、AI支援と標準化を同時に進めることで、担当者はチェック作業から「例外対応と示唆」に役割をシフトできます。
初期は小さく試して効果を測る設計にし、法対応(電帳法・インボイス)と監査可能性(ログ・権限)を運用の土台に据えることが成功の条件です。SaaSとBPO、そして「経理AIエージェント」を適材適所で組み合わせれば、残業と属人化を抑えつつ、月次の早期化や証憑エラー率の低下など“数字で語れる”成果につながります。






